愛ゆえに

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 その青年はは、誰にでも平等に極めて優しく接した。  生活に余裕はなかったが、腹の空いた子供がいれば食料を分け与え、乾きに倒れた浪人がいれば水を与え、愛を知らぬ赤子がいれば家に招き愛を与えた。  そんな彼に、ある日神の祝福がもたらされた。  彼の優しさに満ちた日々の行動に感動した神が、彼に一つの異能を与えたのだ。  それは、あらゆる痛みを癒す力。あらゆる苦しみを消す力、あらゆる悲しみを忘れさせる力であった。  彼は、その力を自らの欲の為に使うことはなく、ひたすらに人々の為に使った。  病を治し、怪我を癒し、病める精神を落ち着けた。  しかし、人の身を凌駕する能力は、得てして代償が必要である。  彼の癒した痛みは、消した苦しみは、忘れさせた悲しみは、皮肉なことに、彼の元に全て帰ってきたのである。  肌は(ただ)れ、体は痩せこけ、顔は土気色に染まり、彼の面影はすっかり消えてしまった。  彼は怒った、今まで彼が助けてきた人々は、彼のことをまるで助けようとはしない。どころか、彼に関わることが禁忌であるとでも定義したか、彼を隔離し、差別し、蔑んだ。  優しさは、全て無駄だった。  その日、その村は一人の青年によって滅ぼされた。  右手の指は二本足りず、左足は大きく腫れており、重心はかなりの前のめりで、二本の長槍を振り回すその姿は、まるで阿修羅のようであった。  いや、そんないいものではなかったかもしれない。  怒りに燃えた、悲しみに潰えた、悔しさに震えたその姿はまるで人外ーー ーーバケモノのようであった。  神は誠に気まぐれである。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!