子猫を拾った

1/1
前へ
/1ページ
次へ

子猫を拾った

 子猫を、拾った。  雨が降る中、道端に置かれたダンボール箱から、か細くミーミーとなく声が聞こえた。  箱を開けると手のひらに乗りそうなほど小さな毛むくじゃらの生き物が丸まって震えていた。  ところで驚くかもしれないが、私は今まで猫を見たことがない。  だが誰しもすべての動物を見たことがあるわけではないだろう。私の場合はそれがたまたま猫だっただけだ。  なので最初、箱の中の動物が何なのか、私にはわからなかった。  ただそれまで聞いていた知識から、これは猫なのだろうと判断した。  毛むくじゃらでやわらかな体。四つ足で歩き足の裏にはピンク色の肉球。細長いしっぽ。小さな牙のある口。  よく話に聞く、すり寄ってくる愛らしさやいつの間にかどこかへ行ってしまう気まぐれさは、この子猫にはまだ幼すぎて備わっていないようだったが、それらを差し引いてもこれは猫なのだろう。  箱の中には手紙も入っていた。添えられた手紙には子供の字で一言「可愛がってあげてください」とだけ書かれていた。  私は辺りを見回したが、これを書いた人物は見当たらない。  私は子猫を拾い上げると自宅へ連れ帰ることにした。震えているのは寒いからだろうと、コートの中に入れてやる。  子猫が落ちないようにコートの上から手で支えてやると帰り道を急いだ。  玄関に入り、濡れた傘を傘立てに突っ込む。  洗面所でタオルを取り出すと子猫を拭いてやる。  湿ったタオルを洗濯籠に放り込もうとして、抜けた毛が付いているのを見て、やめた。  もう一枚のタオルを取って子猫をくるむ。  台所でプラスチックのザルを取るとその中に子猫をそっと入れ、食卓に置く。  食卓で子猫を眺めながら、猫を飼うのに必要なものを検索する。  とりあえず食べ物はいるだろう。  ケージやおもちゃなどはすぐには要らないと思う。  駅前のスーパーにペットフードのコーナーがあったはずだ。  傘立てから濡れた傘を取ると、再び外に出る。  スーパーまでは往復で20分ほど。  その間に死んでしまうことはないだろうかとかすかな不安を抱くが、食べ物を与えなければどのみち遠くなく餓死させてしまうだろう。  私は足早にスーパーへ向かう。  ペットフード売り場から餌を探す。  子猫用の粉末ミルクと子猫用哺乳瓶に、賞味期限が長い離乳用の缶詰を手に取る。  それらをカゴに入れるとレジに向かい、支払いを済ませる。  餌を袋詰めにしてスーパーを出たところで通りにいるそれに気がついた。  私は両手に抱えた荷物をそっと置き、傘を閉じる。  雨の中、それに向かって走り出すと私は擬態解除した。  手足が戦闘用フォームに伸長展開し、頭部から拡張センサーが露出、ターゲットの識別を開始する。背面からウエポンコンテナがポップアップし、そこから二本のヴィブロブレードを両手に装備する。  プロセッサのクロックが緊急速度に上昇するにつれ、音が消えていく。  ターゲットの識別が完了した。タイプB36コード9、変異レベル7、遺伝子レベルで復元不能。  かろうじて人の外観は保っているが、鎧のように硬質化した肌と大きく歪んで伸びた手足はまるでそれを、人の形に組んだ身長2メートルの針金の骨組みに見せた。  そういえばタイプの一文字目のBはバケモノのBだと聞いたことがある。  多分冗談のつもりだったのだろうけど、あながち間違いではないと思った。  処理モードがエリミネートに設定される。ターゲットの懐に入った私はヴィブロブレードで振り上げられたそれの両腕を切断する。  緊急速度を使い切ると同時にターゲットは衝撃波で弾き飛ばされた。  生命活動を停止したターゲットに接近すると、遺留品を確かめる。  着衣は子供のもの、おそらく女性。  携帯していたスマートフォンは破損していたが、解体して内部メモリーを解析、所有者情報から彼女の名前は石川花梨、12歳と推測。復元された画像データには、あの子猫の写真が含まれていた。  戦闘モードを解くと雨の中荷物を回収する。幸い傘は飛ばされていなかった。  部屋に戻ると子猫の様子を見る。動きはないが眠っているだけのようだ。ウエポンコンテナからプラズマバーナーを取り出し、出力調整をしてやかんでお湯を沸かす。  哺乳瓶に粉末ミルクとお湯を入れ、よく振ってかき混ぜる。  食卓の子猫に与えようと振り返ると、子猫の体毛が硬質化し、棘のように変質を始めていた。  センサーはそれを解析し、処理モードをエリミネートに設定する。  私はウエポンコンテナからナイフを取り出した。 「杏果、君が奇妙な行動を取るのはこれが初めてではないけれど」  ベースとの通信圏内に入るとオペレーターの釘沼がログを確認して呻き声を漏らす。 「まさか変異体を飼っているとはね」 「奇妙な行動はお互い様でしょ。私はユニット27。なのにあなたは杏果と呼ぶ」 「……たしかにそうだな。君はその変異体に名前はつけたのかい?」 「タマよ」 「タマ……元は猫だったのかい?」 「いいえ、今も猫よ」  あれから半年、タマはすっかり大きくなっていた。  サイズからして虎と認識した方が良いかもしれないが、私にとっては初めて飼った猫だ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加