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一通りの衣服をスポーツバッグに詰め、身支度を揃えて寝室を出ると、未だリビングで視線を落としたままの状態の直人に私は手短に言った。 「じゃあね」 直人は、私を引き止めなかった。 いや、引き止めてくれなかった。 「……どうしても、信じてくれないんだな」 ただ、今の自分にとって都合の良い一言を、吐き捨てるように呟くのみであった。 私は呆れるしかなかった。 この状況で、一体何を「信じろ」というのだ? 玄関のドアを閉める。 苛立っているせいか、夜中だというのを忘れ、私は思わず叩きつけるようにドアを閉めそうになる。 エレベーターで一階まで降り、バッグを肩にかけたまま歩道まで出ると、私はふと、先程まで自分がいた部屋の窓を見上げてみた。 若草色のカーテンが架かっていた。 新婚当時に、二人でお金を出しあって買ったモノだ。 その、カーテンが今の私達二人の状況とは対照的に、いつもと変わらぬ形で窓に架かっていた。 ──もう、終わりなの? 心の中でポツリ、私は独白した。 そして、こんな形で「終わり」を迎える事を悲しく思った。 確かに、私達二人の間には「愛情」と呼べるモノは無かったかもしれない。 けど、私は直人との共同生活に対してそれなりに満足していたのだ。 弟と姉のような、安心感。 血こそ繋がってないとはいえ、この上なく親密な関係だった直人との生活を。 歩道をしばらく歩いていると、目の前に国道が見えてきた。 トラックや派手なマフラー音を鳴らすバイクに交じって、タクシーが、ぴゅん、と風を切る音を奏でながら、何台か通り過ぎていく。 私は涙を拭うと、右手をゆっくりと上げた。 その私の存在に気付いたタクシーは、5m程手前から減速すると、ピタリと私の目の前で停まった。
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