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魔女とその息子
「ノア。人間に戻りたいかい?」
白髪に長細い鉤鼻の老婆は、彼の「息子」にそう問うた。
老婆は海の底に住む人魚の魔女であった。足の代わりに尾びれ揺らしながら、ノアの答えを待つ。
ノアは長い黒髪で顔のほとんどを覆い隠した人魚の青年だった。むき出しになった上半身の胸板は厚く、ひ弱な印象はない。
「ウィラが今日で十五歳になる。運命の時がやってきたよ。お前はそれでいいのかい?」
ノアは問いかけに頷くことも、首を横に振ることもなかった。
魔女がノアを拾ったのは今から九年前。
船上で襲われたらしく、切り傷から多量に血を流しながら、黒い海を漂っていた。死体だと思って通り過ぎようとしたら、髪を強く引っ張られ、振りむくと死にかけだとは思えないほど、その黒い瞳で睨まれ、魔女は決めた。
――生かしてやろうと。
すでに手遅れなほど血を流していたが、一つだけ方法があった。
意識がほとんどない彼に条件を話し、承諾したと魔女は勝手に理解して、彼女は少年を人魚に変えた。
死ぬと魂になり天国に行くという人間として核を奪われ、少年はその足と記憶を失い、人魚の生を得ることになった。
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