一寸帽子

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 しかし、諦めきれずめげなかった一寸帽子は、奮い立って涙を拭くと、娘の後を追うことにしました。  すると、五町ほど行ったところで十間先に娘がいるのを見つけましたが、小僧は恐れて逃げてしまったらしく小僧の代わりに鬼が娘の傍にいて今にも娘を連れ去ろうとしていました。  そこで一寸帽子は娘を助けようと思い、何か武器になる物はないかと辺りを探してみると、草の茂みの間に光る物を見つけました。  何だろうと思って傍へ行ってみると、小さな釘であることが分かり、こりゃあ丁度良いと思ったので、それを持って無鉄砲にも鬼の方へ駆けて行き、鬼の足元まで来ると、精一杯声を張り上げて言いました。 「おい!鬼!娘を放せ!」 「何じゃ?この俺様に指図するとは何処のどいつじゃ!」と鬼は胴間声を上げて辺りを見回しましたが、誰もいないようなのできょとんとしていると、下の方からまた、同じ文句が聞こえて来ましたので足元を見ると、一寸帽子に気づいて言いました。 「何じゃ?お前が叫んでおったのか!」 「そうだ!お前をやっつけてやる!」 「はっはっは!何をほざくか!龍の鬚を蟻が狙うようなもので身の程知らずにも程があるわ!この微小化け物が!」と鬼は罵倒すると、身を屈め、一寸帽子の腕を摘まんで彼をひょいと拾い上げ、口の中に放り込み、噛みそこなって飲み込んでしまいました。 「ああ、飲んじゃった。全然味わえなかった。まあ、いいや、これで邪魔者はいなくなった」と鬼は独り言ち、片手で捕まえておいた娘を連れて行こうとすると、胃の中がチクチクと痛み出しました。  そうなんです。一寸帽子が釘で鬼の胃を突いていたのです。  それで鬼は余りにも胃が痛くなったので腹を両手で抱え込んでしまいました。  お陰で手放された娘は一目散に逃げて行きました。 「おい!どうだ!痛いか!」  一寸帽子が猶も釘で鬼の胃を突いて叫ぶと、「参った!参った!頼むから外へ出て来てくれ!」と鬼は降参の体で言いました。 「出て欲しかったら僕の願いを叶えてくれ!」 「ああ、分かった!俺の持ってる打ち出の小槌で叶えてやるから頼むから出て来てくれ!」 「よし、分かった!じゃあ、僕が出やすいように横になって口を開けてくれ!」 「ああ、分かった!」  一寸帽子は鬼が言う通りにしましたので鬼の食道を悠々と歩いて行きました。そして鍾乳洞で溶食されて出来上がった巨大な石灰岩みたいな喉ちんこを見上げながら喉を通り越し、舌を渡って口から出てきました。 「さあ、出てやったから打ち出の小槌とやらで僕の願いを叶えてくれ!」 「ああ、分かった」  鬼は人間と違って嘘をつきませんからあっさり請け合うと、「それでは大きくしてくれ!」と要求する一寸帽子に向かって打ち出の小槌を振りながら大きくなあれと唱えました。  すると、一寸帽子はぐんぐん背が伸びて行って六尺ほどもある大男になり、おまけに携えていた釘まで金砕棒のように大きくなりました。  それを見た鬼は戦き驚いた拍子に打ち出の小槌を落としてしまい、そのまま、すたこらさっさと自分の住む山の方へ逃げて行ってしまいました。  それを良いことに一寸帽子は打ち出の小槌を拾い上げ、それを振りながらいい男になあれと唱えると、お公卿様のような直衣姿の好男子に変身しました。  その一部始終を一町ほど先にある松の幹に隠れて覗いていた娘は、一寸帽子のところへ駆けつけるなり丁寧にお辞儀して声色を装って言いました。 「お陰で助かりました。何と御礼を言っていいやら・・・」  娘はそれだけしか言えませんでした。  何故なら先刻、無礼な振る舞いをした手前、多弁になってお愛想なぞ言うのは気が引けましたし、何より一寸帽子がこの上なくカッコ良くなって自分の好みになったので惚れ込んでしまって照れる余り、言葉を失ってしまったのです。  一寸帽子も照れながら遠慮気味に言いました。 「御礼なんかいいですよ、僕はあなたが助かりさえすれば、それでいいんです」 「で、でも、私はそれだけでは満足できませんわ」 「と、おっしゃいますと?」 「私、あなた様が好きになってしまったのですもの・・・」 「えっ!あんなに気味悪がって馬鹿にしてたのに、あっ、そっか、僕が大きくなってすっかり様変わりしたからか、それに打ち出の小槌を持ってるからか、まあ、それはそうと、そうそう、実は僕もあなたが好きになってしまったものですからあなたと一緒になりたいばっかりにあなたを助けたんです!」 「まあ、そうでございましたか、何て素敵な御方なんでしょう!私もあなた様と一緒になりとう存じます!!」  という訳で娘が掌を返したように態度を変えて受け入れましたので一寸帽子は娘と結ばれることになり、娘が大商人の一人娘であったのと打ち出の小槌のお陰で大金持ちになりました。  そのサクセスストーリーを噂で知った一寸帽子の両親は、彼の屋敷にやって来て矢張り掌を返したように態度を変えて彼を褒め称えるのでした。  ですから一寸帽子は人間は現金なものだと思ったものの両親に金品を与え、親孝行をしました。  嘗てはミクロな一文無しの化け物だったのに立派な資産家の好男子に成り上がった一寸帽子のお噺でした。
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