場末のバーのシンデレラ

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「お疲れ」  マスターが声をかけてくれて、サシャも同じように「ありがとうございます」と言う。 「喉が渇いたろう。一杯飲むかい」 「ありがとう。ではオレンジジュース……」  言いかけたところで、マスターは楽しそうに笑って手を振った。 「今日は『シンデレラ』だよ」  サシャは、きょとんとした。『シンデレラ』はノンアルコールではあるが、カクテルだ。仕事後の一杯として飲むには少し不釣り合い。従業員なのだからカクテルなんて。 「『こちらのお客様から』だ」  そう言われて横を示されて、サシャは『そのひと』を見て、ぱっと顔を輝かせていた。 「シャイさん!」 「やぁ。ちょうど寄ったらきみの歌が終わりそうなところだったからね。聴かせてもらったよ」 「そうなのね。嬉しいわ」  カウンターに肘をついて、にこにこ笑っているのは人好きのする笑顔を浮かべている若い男性だった。黒髪に琥珀の瞳を持つ、人懐っこい顔立ちをした青年。彼はサシャの顔見知りであった。  職業はカフェウェイター。今日も仕事の途中か終わりなのか、ウェイターの黒いベストの服を着ている。このバー・ヴァルファーのわりあい近所といえる位置、もっと表通りにある立派な店だが、そこで働いている。  彼がこんな雑多なバーにやってくるのは、アルコールを仕入れるためだった。アルコールは、彼の勤める店・カフェ『シュワルツェ』で、ときたま使うそうだ。  「ブランデーを紅茶に垂らして飲むと美味いんだよ」と前に、出逢って間もない頃に教えてくれた。 「普通に紅茶に落としてもいいんだけどね、コーヒーにもいいんだ。スプーンに角砂糖を乗せて、ブランデーを染み込ませて火を……ちょっとやり方が特殊だから、今度、ウチの店で見せてあげるよ」  その約束はまだ叶えられていないけれど、つまりそのように店でアルコールを使うそうだ。  ただ、彼の働く店はあくまで『カフェ』であるのでアルコールはメインでない。なので仕入れ問屋を使うまでもなく、バーで小さな瓶ひとつ、ふたつを買っていく。それを買いに来るのは彼、『シャイ』であったりほかの従業員であったりするのだが、ともかく使いっぱしりの店員であった。 「シンデレラ、好きだよね」  彼からの奢りのカクテルに嬉しくなってしまう。マスターが出してくれたのは、口の広いグラスに入れられた、鮮やかな黄色い飲み物。 「ええ。金色でとっても綺麗で」  まるで彼の瞳のようで。  思ったけれどそれは流石に口には出せず、サシャはほんのりと頬を染めるにとどめておいて、「いただきます」とグラスを手に取った。パイナップルジュースをメインに作られているそれは甘くて、少し酸っぱい。 「俺も好きだな。華やかだろう。きみの髪のようにね」  にこにこと言われて、サシャの内心はもっと熱くなってしまうのだが、それを顔に出すことはない。これは本心からだがにこっと笑って、「からかわないでちょうだい」と言っておく。サシャが嬉しく思ったのは伝わっただろうから、この程度でいいのだ。 「本気なんだけどなぁ」  彼は軽く言い、ごついグラスに入った飲み物……明らかにアルコールの飲み物……をひとくち飲んだ。
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