冷たいミルクココアと温かいブラックコーヒー・4

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冷たいミルクココアと温かいブラックコーヒー・4

  五 「ごめんね、口出ししたりして」  大きなため息をつきながら、横を歩いている桜井さんが言った。 「しかも、勝手に友だちとか言っちゃって……」 「もう友だちじゃん、私たち」 「え?」  私がそう告げると、桜井さんは目を丸くする。 「こんな修羅場くぐったんだもん、友だち確定だよね」 「そういうものなの?」 「そうだよ。これぞ青春でしょ」  伸びをしながら後ろを振り返ってみた。もちろんボスはもういなくて、誰もいない公園がそこにあるだけだった。 「私、皆から良くバカにされてるでしょ。梅沢さん、いつも私のことうらやましいって言ってくれてたから、嬉しくて」  桜井さんはいつもボスの攻撃をかわしているように見えたのに、やっぱり傷ついていたんだ。悪口を言われて平気な人間なんて、滅多にいるもんじゃない。 「だって、本当のことじゃん。夢中になれるものがあるって幸せなことだよ。ウチの母親の口癖」 「そうなんだ。さすが、梅沢さんのお母さんだね」 「桜井さんのお父さんはどんな人?」 「あのね……」  自慢げに話す桜井さんを見ていたら、失恋の痛手なんて忘れてしまった。桜井さんの家の方角へ向かって、暗い道を進んで行く。お互いに意識しなくても、歩幅が合っていることに気がついた。 「あ、ウチ、ここなんだ」  青い壁の一軒家を指さしながら、桜井さんが言う。 「じゃあ、私帰るね」 「あの……梅沢さんは何町?」 「U町だよ」 「結構遠くない? もう時間も遅いし、歩いて帰るのは危ないんじゃ……」 「大丈夫だよ」 「あ、ウチのお父さんに送ってもらうといいよ。まだ帰ってきてないから、それまでウチにいたら?」  桜井さんは、何故か申し訳なさそうな顔をしている。 「いいの?」 「梅沢さんが良ければ」 「じゃあ、お邪魔しようかな」 「うん。なんなら、泊まってもいいよ」 「え?」 「え? あ、あの、今のはナシで」  慌てて両手を振る仕草がおかしくて、私は笑ってしまった。 「私さ、実は英検部なのよ。知ってた?」  首を横に振って、桜井さんが否定する。 「英語には興味ないんだけど、部長と副部長がいい人でね。派閥とか存在しないから、居心地がいいんだ。それに鈴木先生が好きなの」 「わかる! 私も鈴木先生に良く質問に行くよ」  ボスたちは皆、鈴木先生が苦手だった。こうなって初めて、自分がどれだけ無理をしていたのか思い知らされた。 「そっか。今日は泊まっちゃおうかな」 「え、いいの?」 「桜井さんとなら、夜更けまで話せそうだし」  心からの笑顔を浮かべて、桜井さんが頷く。私はなんとなく、この子とは一生の友だちになれそうな気がした。   六 「その年のクリスマスは?」  カウンターに戻ってりととの馴れ初めを話していると、旦那がぽつりと呟いた。 「合宿に行ったよ」 「ボスは?」 「特に何も。このあと、りとにも何も言わなくなったんだよね。二人でクラスから浮きまくってたけど、別に気にならなかった。どこかに属さないといけないみたいな風潮あるでしょ、学生のときって」 「なかった」  首を横に振っている旦那を見て、男子はいいな、と思う……もちろん、単にウチの旦那が鈍いだけというセンも捨てられないけれど。 「きっと吉田くんと合うと思う」  旦那がいつになく自信満々に告げた。 「そう? 好きなものが被ってるから?」 「それもあるけど……友だちのために大声を出せる人は、いい人だと思う。桜井さんもいい人だから」  期待と嬉しさで私の胸はいっぱいになった。りとは恋愛に失敗してからというもの、恋らしい恋をしていないのだ。旦那が言うんだから、希望はあるはず。  りとと仁くんは相性ぴったりで、いずれは結婚したりなんかして……。 「そう言われると、すごく自信になるわ。あー、早くライブにならないかな。どうやって誘ったらくるかな、りと。そこが第一の難関」 「縦ノリしなくていいって言えば?」 「あー、なるほど!」 「縦ノリと仕事がなかったら、俺も行きたい……」  お酒が入っているせいか、旦那の口が軽い。 「はいはい。今度、札幌まで行こうか」  もう一杯ずつカシスオレンジとウィスキーを注文して、私は俯く旦那をなだめるのだった。   了
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