12人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
冷たいミルクココアと温かいブラックコーヒー・4
五
「ごめんね、口出ししたりして」
大きなため息をつきながら、横を歩いている桜井さんが言った。
「しかも、勝手に友だちとか言っちゃって……」
「もう友だちじゃん、私たち」
「え?」
私がそう告げると、桜井さんは目を丸くする。
「こんな修羅場くぐったんだもん、友だち確定だよね」
「そういうものなの?」
「そうだよ。これぞ青春でしょ」
伸びをしながら後ろを振り返ってみた。もちろんボスはもういなくて、誰もいない公園がそこにあるだけだった。
「私、皆から良くバカにされてるでしょ。梅沢さん、いつも私のことうらやましいって言ってくれてたから、嬉しくて」
桜井さんはいつもボスの攻撃をかわしているように見えたのに、やっぱり傷ついていたんだ。悪口を言われて平気な人間なんて、滅多にいるもんじゃない。
「だって、本当のことじゃん。夢中になれるものがあるって幸せなことだよ。ウチの母親の口癖」
「そうなんだ。さすが、梅沢さんのお母さんだね」
「桜井さんのお父さんはどんな人?」
「あのね……」
自慢げに話す桜井さんを見ていたら、失恋の痛手なんて忘れてしまった。桜井さんの家の方角へ向かって、暗い道を進んで行く。お互いに意識しなくても、歩幅が合っていることに気がついた。
「あ、ウチ、ここなんだ」
青い壁の一軒家を指さしながら、桜井さんが言う。
「じゃあ、私帰るね」
「あの……梅沢さんは何町?」
「U町だよ」
「結構遠くない? もう時間も遅いし、歩いて帰るのは危ないんじゃ……」
「大丈夫だよ」
「あ、ウチのお父さんに送ってもらうといいよ。まだ帰ってきてないから、それまでウチにいたら?」
桜井さんは、何故か申し訳なさそうな顔をしている。
「いいの?」
「梅沢さんが良ければ」
「じゃあ、お邪魔しようかな」
「うん。なんなら、泊まってもいいよ」
「え?」
「え? あ、あの、今のはナシで」
慌てて両手を振る仕草がおかしくて、私は笑ってしまった。
「私さ、実は英検部なのよ。知ってた?」
首を横に振って、桜井さんが否定する。
「英語には興味ないんだけど、部長と副部長がいい人でね。派閥とか存在しないから、居心地がいいんだ。それに鈴木先生が好きなの」
「わかる! 私も鈴木先生に良く質問に行くよ」
ボスたちは皆、鈴木先生が苦手だった。こうなって初めて、自分がどれだけ無理をしていたのか思い知らされた。
「そっか。今日は泊まっちゃおうかな」
「え、いいの?」
「桜井さんとなら、夜更けまで話せそうだし」
心からの笑顔を浮かべて、桜井さんが頷く。私はなんとなく、この子とは一生の友だちになれそうな気がした。
六
「その年のクリスマスは?」
カウンターに戻ってりととの馴れ初めを話していると、旦那がぽつりと呟いた。
「合宿に行ったよ」
「ボスは?」
「特に何も。このあと、りとにも何も言わなくなったんだよね。二人でクラスから浮きまくってたけど、別に気にならなかった。どこかに属さないといけないみたいな風潮あるでしょ、学生のときって」
「なかった」
首を横に振っている旦那を見て、男子はいいな、と思う……もちろん、単にウチの旦那が鈍いだけというセンも捨てられないけれど。
「きっと吉田くんと合うと思う」
旦那がいつになく自信満々に告げた。
「そう? 好きなものが被ってるから?」
「それもあるけど……友だちのために大声を出せる人は、いい人だと思う。桜井さんもいい人だから」
期待と嬉しさで私の胸はいっぱいになった。りとは恋愛に失敗してからというもの、恋らしい恋をしていないのだ。旦那が言うんだから、希望はあるはず。
りとと仁くんは相性ぴったりで、いずれは結婚したりなんかして……。
「そう言われると、すごく自信になるわ。あー、早くライブにならないかな。どうやって誘ったらくるかな、りと。そこが第一の難関」
「縦ノリしなくていいって言えば?」
「あー、なるほど!」
「縦ノリと仕事がなかったら、俺も行きたい……」
お酒が入っているせいか、旦那の口が軽い。
「はいはい。今度、札幌まで行こうか」
もう一杯ずつカシスオレンジとウィスキーを注文して、私は俯く旦那をなだめるのだった。
了
最初のコメントを投稿しよう!