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冷たいミルクココアと温かいブラックコーヒー
一
そもそもの始まりは、ここからだった。
「はい、乾杯」
その日は結婚記念日だった。私は駅前にある居酒屋で旦那と二人、静かに飲んでいた。元々無口なタイプの旦那は、外ではあまり言葉を発しない。だから、どの会話もだいたい私が言いたいことを話して相づちを打ってもらう形だった。
平日の夜だというのに、居酒屋の中はほぼ満席だ。
「罰ゲームで告白って、小学生かよ!」
突然店中に響きわたった声に、同席していたお客さん全員が視線を集中させた。私もつられてそちらを見てしまう。最も出入り口に近いテーブル席には、若者が二人座っていた。
「あれ、ケン?」
なんと、響きわたった大きな声の主と一緒にいるのは、いとこのケンだった。
「なんでそんなあきらめてるんだよ。自分のことだろ!」
聞き覚えのある台詞に、親友の顔がよぎる。ケンがなんと答えているのか、ここからは聞き取れなかった。集中した視線は、あっという間に散らばって行く。ここは酔うために集まる場所なのだから、当然かもしれない。
「ちょっと、行ってきてもいい?」
旦那に尋ねると、黙って頷いた。ちなみに私はいつもカシスオレンジを飲んでいて、旦那はウィスキーが好きだ。つまみはチーズと枝豆が多い。
カウンター席を立ち、ケンの元へ向かう。
「だからケンはいつも……」
四人がけのテーブル席で向かい合っているのは、ケンと同じ年くらいの男子だった。
「よ、ケン。久しぶり」
会話を途切れさせるのは悪いと思ったけれど、仕方がない。親友と同じような台詞を並べる男子が気になって、眠れなくなるかもしれないじゃないか。
「みなみ」
ケンが嬉しそうな表情で私に笑いかける。何やら怒っている様子の男子も、こちらを見た。
「初めまして、こんばんは。ケンのいとこの市川みなみです」
「初めまして、吉田仁です」
「みなみ、ジンはブラガンのベース兼ボーカルなんだ」
「へぇ、そうなんだ」
『ブラガン』とは『ブラック・ガンビット』の略称。ケンがドラムを叩いているバンドで、地元じゃ負け知らずだ。自主制作CDを作ったり、町内会のイベントに呼ばれたりと活動も賑やかで、プロを目指していたこともあるらしい。
結成したばかりの頃、私は良くブラガンのライブに通っていた。それは十年近く前の話だし、すっかり大人になっている仁くんの顔を覚えているはずもなかった。
「みなみ、なんでライブきてくれないの?」
ケンが言う。私はケンの横の空席に腰掛けた。
「もう若くないのよ」
「若いじゃん」
「ちょっと、ケン。話がまだ途中だろ」
仁くんが、テーブルにごん、とゲンコツをつく。
「次は気をつける」
「気をつけるって、それ何回目だよ」
「何があったのか、聞いてもいい? 罰ゲームがどうのって」
「あ、聞こえてましたか……」
「うん、ばっちりね。さすがベース兼ボーカルだわ」
「俺が好きな女の子に告白されたんだけど、それ罰ゲームだったらしくて。ジンに怒られてたところ」
いけしゃあしゃあと言ってのけるケン。
「ありえないですよね。最低じゃないですか」
照れた様子が一変、仁くんが眉をつり上げた。
「仁くんって、確かケンと同い年だよね?」
「あ、はい」
「六つ下か……彼女はいる?」
「今はいないよ。二年くらいいないんだっけ?」
ケンがそう尋ねると、仁くんは不思議そうに頷いた。
「仁くん、一番好きなバンドは?」
「ジュラルミンです」
「もしかして、シャイニングのファンだったりとか……」
「どうしてわかるんですか?」
これは完全にハマりそう。
「みなみ、なんでそんなこと聞くの?」
「うん、あのね、実は仁くんに紹介したい人がいて……」
運命って、どこにどう転がっているのかわからない。話しながら、私は親友のりとと出会ったときのことを思い出していた。
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