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冷たいミルクココアと温かいブラックコーヒー・2
二
正直、その頃の私は調子に乗っていたと思う。
言い訳になるかもしれないけれど、美人でばりばり働いている母にそっくりだと言われ、近所でも評判の子どもだった。祖父と祖母に溺愛されて、親戚や近所の人たちからは「かわいい」と褒められてきた。同級生や友だちからもうらやましがられていたし、男子から告白されることもまあまああった。
父親は最初からいなかったわけで、つまりはたしなめてくれる大人も存在しなかった。この状況で調子に乗らない子どもは多分いないと思う。
中学三年生のとき、私は一つ年上の高校生を好きになった。通学途中にすれ違うだけの人だったのだが、ちょっと悪そうな見た目が妙にツボに入ってしまったのだ。
当時、クラスの中心的女子グループに在籍していた私は、ボスに相談した。その子は女子なのに何故かボスと呼ばれていて、いわゆるクラスの仕切り屋だった。
今となってはどうしてボスがクラスを仕切っていられたのか良くわからない。特に抜き出た才能のようなものはなく、ただ顔が広いというだけ。同じグループの女子以外は全て見下しているような、なかなか最低な人だったのだ。
私はクリスマスが近づくにつれ、その人とつき合いたいと思うようになった。グループの中で彼氏がいなかったのが私だけだったことも、理由の一つだ。
「お兄ちゃんに聞いてあげようか? その人のこと。特徴教えてよ」
ボスには高校一年生のお兄さんがいた。
「マジで? いいの?」
その人の特徴を告げると、すぐに身元が判明した。どうやら彼は松田さんというらしい。
「松田さん、今は彼女いないらしいよ。待ち伏せして告白しちゃえば?」
「うん、そうしようかな」
「彼氏がいないクリスマスなんてありえないでしょ。どっかの誰かさんみたいに本ばっか読んでたら、ぼっちクリスマス決定じゃん」
ボスが窓際の一番前の席を見やる。そこには桜井りとという女子生徒が座っていた。彼女はいつも本を読んでいて、一人で行動することが多い。いじめられているというわけではないのだが、何故かボスは彼女が嫌いで、事あるごとに絡んでいた。
私にとっては挨拶すればきちんと返してくれる、感じのいいクラスメイトだった。
グループ内からくす笑いが起こっても、桜井さんは分厚い小説本に目を落としたままだ。
「うらやましいよね、夢中になれるものがあって。私には何もないもん。だからこそ彼氏が欲しいんだよね」
ボスにそう返すと、ものすごく嫌そうな顔をされてしまった。
「……とにかく今日の放課後、彼氏に聞いてあげるから」
「ありがとう、持つべきものは友だちだよね」
結果はメールしてもらうことに決めて、私は放課後を心待ちにしていた。
三
放課後。私は英語検定部の部室へ向かった。今日は顧問である鈴木先生のスピーチを聞く予定になっている。英語は全然好きじゃなかったけれど、鈴木先生は好きだ。アメリカの某有名歌手の熱狂的なファンで、いつも教材にその楽曲を使用していた。
スピーチが終わりに近づいた頃、携帯電話が振動した。
「夕方六時にK公園で待ち合わせ」
ボスからのメールに、小さくガッツポーズする。呼び出してくれたということは、私が告白することも薄々気がついているだろう。
「ボス、ありがとう。大好き!」
そう返信して顔を上げると、すでに鈴木先生のスピーチは終了していた。
「梅沢さん、合宿参加する?」
前の席に座っていた部長の木場さんが、振り向いて私に尋ねる。
「どうしようかな……」
合宿の日程を優先させると、クリスマスに被ってしまう。万が一、松田さんとつき合えることになったら、その日は空けておきたい。
「梅沢さんは彼氏と過ごすんでしょ?」
副部長の山口さんが、後ろから顔を出した。
「今は彼氏いないよ」
「そうなの? なんかいそうな感じがする」
「皆は?」
「私も山口さんも参加予定」
「そっか……」
木場さんと山口さんが出席すると聞いては、心が動いてしまう。というのも、英検部の中にはグループや派閥のような階級分けが存在しないからだ。ほんわかしたムードを持っている二人が、この部の中心にいるからかもしれなかった。
「実はね、私好きな人がいて。今日告白するんだ」
私がそう告げると、二人は手を叩いて喜んだ。
「うそ、マジで?」
「すごい、上手く行ったらラブラブクリスマスじゃん!」
とりあえず合宿の件は保留にしてもらうことにして、私は部室をあとにした。
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