若き宰相(性病持ち)

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若き宰相(性病持ち)

 ······私は王家に生まれた事を過分に幸福に思ったり、不幸だと思ったりした事は無かった。  女の身であるから王の後を継ぐ必要も無いし。衣食住には困らないし。まあ気楽な立場だ。  私はガサツで口が悪い王女だった。王宮内でも何度か舌下事件を起こしている。教育に厳しいお父様が私をカリフェースへ留学させたのも、半分はお仕置きだった。  でもそのお仕置きが、私にとっては最高の日々だった。私の頭の中には恋人のバフリアットの顔がずっと浮かんでいた。  ······彼に会いたい。直ぐにでも。そしてイチャイチャしたい。もの凄くしたい。切実に したい。  ······窓の外を見ると雨が降っている。カリフェースを出立する時も雨が降っていた。天がお父様の急死を嘆いているのかしら。  国王の葬儀は厳かに、そして慎ましく執り行われた。生前の父は予め遺言をしたためていた。  それによると、自分の葬儀は質素に。そして簡素に済ませるよう記されていた。小国の乏しい財政を気にしての事か。  お父様は本当に欲が無い人だったわ。そんな人柄は民衆達にも慕われており、王宮の入り口に設置された献花台には、人々が持ち寄った花が溢れていた。  そしてその葬儀と入れ替わる様に、私の女王即位式が行われた。この辺りの記憶は余りない。  恐ろしく時間が猛スピードで過ぎて行ったからだ。お父様の急死。お兄様の逃亡。それだけで私は一杯一杯だった所に突然の女王即位要請。  そんな重大な事案を考える暇も許されず。逡巡する権利も奪われ。私はメフィス宰相が取り仕切った即位式にただ言われるがままに出席した。  メフィス宰相が作成した原稿を読み、無駄に長い臣下達の祝詞を聞き、朝から晩まで続く食事会に参加した。  そして極めつけは民衆達への私のお披露目だ。王宮の塔から王冠を頭に乗せた私がその姿を見せた時、外に集まった王都の民衆は歓声を上げてくれた。 「アーテリア女王だ!」 「女王万歳!!」 「アーテリア女王万歳!!」  この時の私は少し泣きそうになった。誰もかれも、国王が亡くなって不安の筈だ。それでも、こんな私が突然女王になった事をお祝いしてくれている。  私は精一杯の笑顔を民衆達に向けた。少なくともこれだけは演技じゃなかった。即位式をつつがなく終え、私はかつてお父様が座っていた玉座に崩れるように座った。  ······疲れたわ。もう今日は休みたい。一日中緊張して汗をかいたから、髪の毛を丁寧に洗いたかったけど。もう今日は身体を拭くだけで寝よう。  だが、私のこのささやか過ぎる欲求もメフィス宰相は許さなかった。 「女王陛下。お疲れの御様子ですが、我が国が置かれている状況の概要をご説明致します 」  この男だって一日中立ちっぱなしだったのに疲れて無いのかしら?細いのに体力あるのね。 「メフィス宰相。明日にして貰えるかしら? 流石に今日は私クタクタだわ」 「······フッ」  ······まただ。またこの男失笑した。今度こそ間違いないわ。何?何なの?アンタ臣下よね?私女王よ?アンタの主君よ?その態度失礼よね?  私は女王に即位した。いや。してしまった 。気楽な王女ならいざ知らず、女王の立場になった以上、臣下達と上手くやってゆかねばならない。  それぐらいの自覚は私にだってある。けど、身体も心も疲労困憊で苛つくこの時の私は、この宰相の無作法を無視出来なかった。 「······メフィス宰相。初見から感じていましたけど。貴方のその態度、女王たる私に対して失礼ではありませんか?」  私は自分を自分で褒めた。この苛つく男に対して、礼儀正しくその非を正したのだ。さあ、反省しろこの不敬者。 「······フッ。フハハハ!」   メフィス宰相は高らかに笑った。これは明らかに万人が「人を小馬鹿にした笑いだよね?」と感じる嘲笑だった。  ······決定。これ確実に決定。この男。私に完璧に喧嘩売っているわ。上等。上等よこの野郎。その喧嘩、在庫残らず全て引き受けて買ってやるわ!! 「······世間知らずの小娘が。この私に賢しげに何を教示すると言うのですか?」  私が得意な口の悪さを披露する前に、メフィスは先手を打って来た。しかもそれは、臣下が吐く言葉では無かった。 「女王に対する言葉使いでは無い。そうお思いですか?」  メフィスは続ける。ええその通りよ!この野郎!今すぐ罷免して、いや、クビにしてやるわ!! 「生憎ですな。女王陛下。最低三ヶ月は私を罷免する事は出来ません。国王陛下の遺言にそう明記されています」  ゆ、遺言?お父様の?な、何でそんな事を書いたの? 「それだけではありません。陛下は宰相の私に全権代理を託されました。アーテリア様。貴方の教育も私は任されています」  メフィスは得意気に言い切った。しかも、新しい大臣達は全てこの男が任命したと言う 。な、何なのよこの細目野郎は!?  私の血圧が人生最大に上がりきった時、それは起こった。 「ぐふっ」  私は自分の目を疑った。臣下にあるまじき言葉を口から吐き続けた男は、突然口から血を吐いた。  絹の絨毯にメフィスの血が落ちる。宰相は激しくむせ込んだ。 「ちょ、ちょっと大丈夫?突然どうしたの? 」  流石に私も怒りを一時的に棚に置いて臣下を心配する。いや、これは女王と言うより人として。  だが、この男の返答は私の想像をはるかに超えていた。 「持病の症状です。女王陛下」  メフィスは何事も無かった様にハンカチで口元の血を拭う。じ、持病って?コイツ身体弱いのかしら?  はっ!!もしかして、コイツは余命三ヶ月の病気とかで。心を鬼にして私を立派な女王に育てようとしているとか!?  私のメフィス宰相に対する暴力的感情は、一瞬で胸キュンに変わりかけた。  ······そして破局は訪れた。 「性病です。女王陛下。私は現在三つの性病を抱えております」  メフィス宰相は乾いた声で答えた。私の中で発生しかけた胸キュンは、木っ端微塵に世界の果てまで吹き飛んだ。    
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