低気圧は、訃報を連れてやって来る

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低気圧は、訃報を連れてやって来る

 私の名はアーテリア。二十歳の女の子でタニルト国と言う小国の王女た。二年前から私はカリフェースと言う大国に留学している。  その玉座に座すは若き名君ウェンデル王。 つい数前までカリフェースは王政では無く、大司教が治める宗教国だった。  千年前、この世界を統一したオルギス皇帝を神として信仰し、多くの国民は敬虔な信者だった。  信者には魔族も多く、カリフェースはこの世界で唯一の人間と魔族が共存する国だった 。  このカリフェースにウェンデル様が初代の王として登極してから、この国の発展は目覚ましかった。  先鋭的な建築工学に基づいた美しい街並。 王が居を構える大聖堂を中心に、放射線上に建物が立ち並んでいる。  洗練された紳士淑女の所作と衣装。世界各国の物資が毎日溢れんばかりに王都に運ばれ賑わう市場。  小国の出の私にとって、この大国カリフェースでの日々は刺激に満ちた物だった。私と同じ様に留学する各国の王子や貴族者も多かった。  そして私はその留学仲間の一人に恋をした 。名はバフリアット。長身で端正な顔立ちのその貴公子は、私のタルニト国の隣国サラント国の王子だ。  私達は互いに惹かれ合い、その愛を確かめ合った。私はこのルンルンな留学生活が永遠に続けばいいと思っていた。  ······けど、私の幸福の絶頂期は儚くも終わりを告げた。それは、空を厚い雲が覆う日だった。 「······お父様が亡くなられた?」  私は自国の王都からの使者の言葉に絶句した。お父様が逝去した?何故?どうして?  まだお父様は五十代で現役バリバリの働き蜂の様な人だったのに。しかも健康に人一倍気を使い、暴飲暴食も女遊びもしない真面目な性格だった。  私は心の動揺が収まりきらぬ内に、使者と共に風の呪文で王都に戻った。住み慣れた自分の部屋を飛び立つ時、厚い雲は決壊し五月雨が降りしきっていた。  ······亡き父との無言の対面は、物音一つしない静かな安置所だった。大人三人は寝れるサイズの寝台に、父は安らかな表情で目を閉じていた。 「······お父様」  私は父の顔を覗き込んだ。神経質で口やかましい性格ではあったが、父は私を愛し育ててくれた。  十年前にお母様が病気で亡くなった時も、気丈に私やお兄様を励ましてくれた。  そんな父の肩に私の長い黒髪がかかる。言葉でしか理解出来なかった父の死が、実感として私の身体中にのしかかって来る。 「心中お察し致します。アーテリア様。陛下の死因は心不全との事です」  整理がつかなく動揺する私の背後で、乾いた声がした。緩慢に後ろを振り返ると、そこには長身の男が立っていた。  年齢は三十歳前後だろうか。黒い礼服に細い身体と頬。両目まで細かった。美男子と言って差し支えなかったが、それにしも眼が鋭過ぎる印象を受けた。  ······この人は誰かしら?政治にとんと興味の無い私でも、重臣達の顔は知っている。私が二年間留学している間に出世した臣下とか ? 「私は陛下から宰相を仰せつかったメフィスと申します。以後お見知りおきを」  メフィスと名乗った男は私に礼をして見せた。さ、宰相?こんな若い人が?前の宰相はどうしたの? 「アーテリア様が留学される前の重臣達は、ほとんどが刷新されました」  さ、刷新って。そんな簡単に重臣って入れ替わる物なの? 「アーテリア様。陛下が逝去され心痛の所恐縮ですが、王座の空白は許されません」  メフィス宰相は相変わらず乾いた声で淡々とこの状況を説明する。  ······確かに。政治に興味ゼロの私にだってそんな事ぐらい分かる。私は周囲を見回した 。時期国王であるお兄様は何処かしら? 「マケンド王子は行方不明です。娼館に赴いた後、相手の男娼と駆け落ちしたそうです」  は?はああああぁっ!?か、駆け落ち!? ちょ、ちょい待って。お父様の死で只でさえ頭が一杯なのに、その情報量は処理出来ないんですけど!?  ん?今この宰相、相手は男娼って言って無かったか? 「はい。皇太子様の相手は男です。男と一緒に姿を消しました」  お、男おぉっ!?お、女っ気の無い人だと思っていたけど、そっちの趣味の人だったの !? 「······フッ」  ······あれ?この若い宰相。今短く失笑しなかったか? 「繰り返しますが姫様。玉座の空位は許されません。即刻に即位して頂きます」  な、なんだこの宰相?まるで出来の悪い生徒に仕方なく教育を施す教師のような態度。 な、なんか感じ悪いんですけど?  ん?今コイツ、即位って言ってなかった? 即位?誰が?お兄様男と逃げたから、見つかる迄無理じゃない? 「······フゥ」  メフィト宰相がまた失笑。いや今度はため息をついた。いよいよ本格的に感じ悪いんだけどこの男? 「貴方です。アーテリア様。貴方に女王になって頂きます」  メフィス宰相の人を小馬鹿にした様な口調に、私は口を開いたまま人生最大の間抜け顔をしていた。    
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