振り向いたらバケモノ。

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振り向いたらバケモノ。

 実は人間、死んだ後にも人生がある――そんなことを言ったら生きている人間の大半は“何馬鹿なことを”と笑うことだろう。まあそもそも死んだ筈なのに“人生”なんて言い方もおかしなものではあるのだが。彼らは一度も死んだ後のことを見ていないくせに、何故自分たちの上記がまかり通ると思うのやら。僕としては、実に理解に苦しむ。  とはいえかく言う僕も、不幸にも通り魔に襲われて死ぬまでは、死んだ後がこんなに面倒だなんて思ってもみなかったわけだが。  普通に死んで、未練なく成仏できた者はすぐに天国やら地獄やらに振り分けられ、生きた人のいない新しい世界へ行く。ただし、僕のように未練を残してしまった者はその限りではない。未練がなくなるまで地上をえんえんうろつくのはマズイ、という考えが神様にあるからなのか、いわゆる“あの世とこの世の狭間”みたいな場所が存在している。そもそも未練ゼロであっさり成仏できる者なんてのが希だ。神様の処分にも時間がかかるし、待機場所は必要なのである。  その狭間の場所には、老若男女いろんな人がいて、時には闇市のようなお店なんてものを出していたりする。払うものは魂の一部だったり、記憶の一部だったり、はたまた店の人間の罪を一部肩代わりすることであったりするのだとか。その商品もまた、現世で売っているものとは大きく毛色が異なっていて見ていて飽きない。その中で、僕がどうしても興味を持ったものは、“現世の親しい人間の前に一度だけ姿を現し、会話をすることができる薬”なるものだった。 「これ、対価には何が必要なの?」  未練を持ってさまよっている人間の中には、結構外見がヤバイことになっている人もいる。一言で言えば、長くいる者や罪深い者ほど“バケモノ”と呼ばれる外見に変わってしまうらしかった。店主も、こんなところで闇商売をしているくらいなのだから相当罪を溜め込んでいるのだろう。目玉は一つしかないのに、口は顎から下をびっしり覆っていて、しかも全身緑色な“いかにもモンスター”な外見だった。  まあ、既に死んだ身としては、怖いものなどあるはずもない僕だったけれども。 「ああ、それか?一番人気の商品だぜ兄ちゃん」  男はにやにやと笑いながら告げる。ちなみに声だけは、ガラガラだったりノイズだらけだったりしないで普通の人間の声だった。どうにもバケモノになってしまうのは外見だけであって、声は過去のものをそのまま維持できているらしい。 「此処にいる奴らはみんな、現世に多かれ少なかれ未練残してきてるからな。親しい奴に、最後にもう一度挨拶したいってヤツは少なくないんだ。ちなみに対価は、そいつの罪の水増し、だな。俺はこのまま成仏したら確実に地獄行きだからよお、ちょっとだけ罪を肩代わりしてもらえりゃそれでいい」 「……罪の水増しって。さすがにあんたみたいなバケモノになるのは嫌なんだけど」  僕が心底嫌そうに告げると、男は何がおかしいのかゲラゲラと笑った。そして、使うのはどうせ一回だけなんだろ?と言う。 「大して変わらねえから安心しろよ。ていうか、一人に大幅に肩代わりなんかさせたら、神様にバレて強制排除されちまう。それだけは勘弁だ、俺はここでまだまだ商売してえし、しっかり精算して天国に行きたいからよお」  男が、一体どんな罪を犯したのかはわからない。ただその意地の悪い笑い方から、どうせ詐欺とか霊感商法でもしたのだろうと思われた。人気商品をちまちま売りさばいてもバケモノのままということは、きっとかなりの数の人を酷い目に遭わせたのだろう。  僕は少し考えて、取り置きしておいて、と頼んだ。そんな露骨な悪人の罪の軽減に手を貸すのは正直癪なのだが。それでも僕には、その薬が欲しい理由があったのである。  僕にもまた。どうしても、最後にもう一度会いたい人がいるからだ。  現世に一人置いてきてしまった――愛する妻の、一葉(かずは)である。
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