陽はまた昇る

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 私の名前は、みぃ。  下の名前が湊(みなと)だから、みぃ。  彼女の名前は、なーちん。  下の名前が渚(なぎさ)だから、なーちん。  わたしとなーちんは、幼馴染。  小学生の頃から、ずっと一緒。  遊ぶのも一緒、怒られて泣く時も一緒、学校帰りにファミレスでご飯を食べるのも一緒、  親に内緒で片方の家に泊まって、一緒のベッドで眠った事もある。  …そう。私となーちんは、とっても距離が近いんだ。  …とっても、とっても、距離が近かったんだ。 ♪  ざぁざぁ。ざぁざぁ。  土砂降りの雨が、走行中の車を叩く音。  がこんがこん。がこんがこん。  動くワイパーが、濡れるフロントガラスを拭う音。  やかましい車外とは対照的に、車の中には殆ど会話は無い。  それもそうだ。  なーちんは車の運転に集中しているし、私はただぼぅっと窓の外を見ている。  こんな状態じゃ、会話なんて生まれる訳が無い。  …いつもの私達なら、今更こんな時に、ぺちゃくちゃお喋りなんてする間柄でも無いけれど。  …今は、この会話の無い状態が、とつもなく居心地が悪い。  私はこんなにもやもやしてるのに、なーちんはうきうきした様子で口元を緩めている。  なーちんは車の運転が好き。  だからたまに、私となーちんはこうやって車で遠出したりしてる。  しかも行く先はいつもいつもなーちんの思い付き。  今日だってなーちんの思い付きで、こうして車を走らせている。  この前なんか『生の大仏が見たいっ!』という理由だけで鎌倉まで車を走らせた事がある。どういう行動力してんだろう本当に。  勿論私も、誘われたからその大仏見学に付き合った。 『…今更なんだが、なんでこんな夜中に車走らせてるんだ私達…』 『いやぁテレビの特番見てたら見たくなっちゃって』 『眠い…眠過ぎる…』 『着いたら起こしたげるから、寝てて良いよ?』 『それじゃあそうしてくれ…』 『…あ、そうそうっ!  そういえば最近アルバイト先に新しい子が入ってさー』 『へぇ』 『いやぁその子がまったくもって駄目駄目でさー。  でもあたしに先輩先輩って懐いてきて、もう可愛くて仕方なくてさー』 『そうなんだ』 『あっ!みぃみぃっ!  あそこのお店美味しそうじゃない!?』 『寝かせてくれよ頼むからっ!』  …なんて事も、あったっけ。 「あちゃー…天気読み間違えたかな?」  信号待ち。  みぃはフロントガラスから空を見上げる。  雨は未だ降り続けていた。  止む気配は無い。  むしろさっきより強くなっている。  「…なーちん」 「ん?どしたの?」 「……運転しながらスルメ食べないでくれ。車内がスルメ臭くなる」 「これ美味しいよ?みぃも食べる?」 「食べる」  信号が青になる。  なーちんががこがことレバーを動かすと、車が動き出す。  最初はゆっくり。のろのろと。  次第に速度が上がっていく。  なーちんの顔は緩んでいる。  運転するのが楽しいんだろうか。  それとも。  …それとも…。 「…みぃ、実はね」 「着いたら起こしてくれ。私は寝る」 「あ…う、うん」 「…」 「…」 「……」 「……みぃ、なんか怒ってる?」 「いや、ただ眠いだけ」 「それじゃあ日が出始めたら起こすから寝とけば?」 「そうする」 「どうせ向こうで色々回る予定だし」 「また食べ歩きか?」 「現地の海鮮丼が美味しいらしいんだよねー」 「本当に元気だな…」 「みぃが元気無さ過ぎるだけだと思うんだけど…」 「そうか。それじゃあ元気が無い私は寝る」 「おやすみー」  もぞもぞとコートにくるまり、シートを倒して、目を閉じる。  すぅと深呼吸して香ってくるのは、車が持つ、あの独特の匂い。  他の匂いはしない。  煙草の匂いも、香水の匂いも無い。  いつも助手席に乗ると感じる、あの匂い。  …良かった。  ほっとして、私は眠りに着いた。  二週間前、なーちんが告白された。  相手は大学の一個下の後輩だそうだ。  そいつなら私も良く知ってる。私となーちんが所属するサークルの後輩だから。  そいつは見た目は今時の大学生だけど、中身はとっても良い奴だ。礼儀正しいし、勉強も頑張ってるし。  …なーちんはその事を、私に相談してきた。 『みぃー…これ、本当にどうすれば良いと思う?』 『どうすれば良いって…それ恋愛経験ゼロの私に聞く事か?』 『だってこんな事、みぃ以外に相談出来ないもん』 『他にも友達いるだろなーちんは』 『だってぇー恥ずかしいしぃー』 『ぶりっこするなぶりっこするな。  あー…そうだな。  私は恋愛っていう物が良く分からないから気の利いたアドバイスをする事は出来ないが…なーちんの思った通りにすれば良いんじゃないか?』 『よっしっ!  みぃならそう言うと思ってたっ!』 『だったら相談するなよ』 『良いじゃん良いじゃーん!  あ、今度浅草のメロンパン食べに行くけどどう?』 『いやそいつと一緒に行けよ』  …なんて、その時は軽口を言っていたけれど。  それから数日後、なーちんとそいつが一緒に歩いている所を見掛けた。  二人共、とても楽しそうで。  …とっても、とっても、楽しそうで。  …今まであいつのいるあそこの移置には、私が立っていた。  そりゃそうだ。  だって私となーちんは、幼馴染で。  小学生の頃から、ずっと一緒で。  遊ぶのも、怒られて泣く時も、学校帰りにファミレスでご飯を食べるのも一緒で、  …あれ。  どうしてなーちんの隣に、私がいなくて。  どうしてあいつが、なーちんの隣にいるんだ?  もやもやとした、変な感じ。  私に気付いたなーちんはそいつとニ、三言葉を交わして、おーいと私に手を振る。  そいつはにこにこと楽しそうな表情で、なーちんから離れていった。  そりゃ、なーちんと一緒にいるのは楽しいだろうさ。  そうじゃなきゃ、私みたいな根暗がなーちんと一緒にいる訳無いじゃないか。  …そんなもやもやとした想いを抱えたまま、日々は過ぎていく。  なーちんの日常は、大きく変わらない。  大学に出て、授業を受けて、  たまに私と一緒に、少し遠出して。  ただ、そいつと一緒にいる頻度が、少し増えた気がする。  そいつと一緒に、楽しく話している光景を、良く見る気がする。  なんでだろう。  今までなーちんが誰と話そうと、引っかかる事すら無かったのに。  今までなーちんが誰と一緒にいようと、気になる事すら無かったのに。  五日前。  夢を見た。  そこは、教会の中。  多分、結婚式場。  私は、一番後ろの席。  誰の結婚式なんだろう。  考えていると、教会の扉が開く。  そこには、純白のウエディングドレスに身を包んだ、――――が、  …――――?  ――――?  ――――ッ!?  ――――ッ!?――――ッ!?  どうしてッ!?  どうしてどうしてどうしてッ!? 『…ねぇ、みぃ』  言うなッ! 『私、幸せになるよ』  黙れ黙れ黙れッ! 『みぃ、貴方も幸せになってね』  違う違う違うッ!  お前は私とこれからも一緒に出掛けるんだッ!  なんでもない日々を過ごして一緒にだべって、それでずっと一緒にいるんだッ! 『…みぃ。  …どうして、そんな事言うの?』  だってッ!  だって、それはッ! 『私は、貴方の物なんかじゃないのに』  だってッ!…だって…ッ! 『私はもう、彼の物になったのに』  …お願い。  どうか、私を、捨てないで。  お願い。お願いだから。  お願い…お願い…。 「お願い…なーちん…。  私を、捨てないで…ッ!」  自分の、悲鳴にも似た懇願に、はっと目が覚める。  涙を流していたみたいだ、頬と枕が濡れている。  …あれは、夢。  精神的に疲れている時に見る、悪夢。  …でも、そう遠くないうちに、その夢は現実になる。  涙が、また溢れる。  思い描く。  なーちんの側に、そいつがいる光景を。  思い描く。  なーちんの側に、私がいる光景を。  思い出す。  なーちんと一緒にいた日々を。  止まらない。  涙が、止まらない。 「なーちん」  呟く。 「なーちん」  譫言の様に。 「なーちん」  大切な人の名前。 「なーちん」  …思い知った。  私の、なーちんへの想いを。  …その日から私は、なーちんと、話が出来なくなった。  がこんと、強い振動が来る。 「…………んぅ」 「みぃおはよー」 「…着いたの?」 「うん。着いたよー」 「…早い」 「思ってたより道が空いててさー、なんか予定よりずっと早く着いちゃったんだよねー」 「…寒い」 「大当たりー。  今外はざんざか振りの雨だよー。  こりゃ止まないかもしれないねー」 「……寒い」 「暖房付けるねー」  なーちんの声と同タイミングで、温かい風が顔に当たる。  …今日、なーちんから日の出を見に行こうと言われた時、  本当は、断ろうと思った。  自分の想いに気付いてしまった以上、もう、なーちんと一緒にいるだけで辛くなってしまったから。  その上、なーちんからあいつの話を聞いてしまったら。  なーちんが楽しそうに、あいつの話をしているのを聞いたら。  …あの夢が現実になるって、知ってしまったら。  …私は、正気を保っていられる自信が無い。  それこそ、あの夢のままの事を、なーちんに言わせてしまうかもしれない。  …それ以上に酷い事を、私は、なーちんにしてしまうかもしれない。  それが、怖くて。  心臓がへしゃげて、ぐしゃって押し潰れてしまうんじゃないかって思うぐらい、怖くて。  …どうしたら、良いんだろう。  私の想いに、どう決着を着けたら良いんだろう。  彼女を応援する?  それとも、私の想いを告げる?  …いっそ。  いっその事、何もかもを、無かった事にしてしまおうか。  なーちんとの、今までの全て、  無かった事に、してしまおうか。  …出来るのかな、私に。  ……出来ないんだろうな、私には。 「……ねぇ、なーちん」 「ぐーーーー…………」 「…って、寝てるし」  なーちんの方を見ると、涎を垂らしながらぐっすりすやすや眠りこけていた。  全く…人の気も知らないで。 「…ねぇ、なーちん。  もしも私となーちんが出会わなかったら…私達、いったいどんな運命を歩んでたんだろうね」  眠りこけるなーちんの肩に頭を預けて、そう、呟いてみる。  なーちんに出会わなかったら、私は、どんな人を好きになったんだろう。  きっと、私と同じ様な、大人しい人を好きになったんだろうか?  それとも、あいつの様な、私と正反対の人?  …駄目だ。想像が出来ない。  だって、私がずっと一緒にいたのは、  私が自分という自我を確立するまで一緒にいたのは、なーちんなんだから。 「…ねぇ、なーちん。  …………好きだよ、なーちん」  今はぐっすり眠っている、なーちんの耳元。  囁きよりも、小さな声。  告げる。  私の想いを。  どうせ聞こえてはいないだろう。  なーちんは今、あいつとの幸せな夢を、見ている筈だから。  でも。  それでも私は、私の想いを告げる事が出来た。  なーちんとの幸せな日々が終わってしまう事は、確かに怖い。  でも、私のせいでなーちんの幸せが奪われてしまう事の方が、  何よりも、  世界が終わってしまうよりも、ずっとずっと、ずぅーっと怖い。  これで良い。  これで良いんだ。  別に、なーちんと一緒にどこかに行けなくなる訳じゃない。  これからは、なーちんの一番の友達として、接して行こう。 「好きだよ。大好き。  …友達としての好きじゃなくて。  生涯を共にしたいっていう意味で、大好きだよ。  …愛してる。  …うん。そう。  愛してる。  私は、愛してるんだよ、なーちん」  なーちんが寝ているからか、それとも告白まがいの行為が成功したせいか。  調子に乗った私は、なーちんの耳元で、沢山の愛の言葉を囁いた。  自分でもびっくりしてる。  普段大人しい奴程大胆な行動をするって言われてるけど、まさにこの事だったんだ。  なーちんはまだぐーぐーと寝息を立てて眠ってる。 「絹よりさらさらな髪も、タンザナイトの様に蒼く輝く瞳も、トップモデルなんか目じゃないぐらいすらりと伸びた手足も、  みんなを…私みたいな根暗女の隣にずっといてくれた、びくびくおどおどしてた私をずっとずっと守ってくれた、優しくて気高いその心も、  …なーちんの全部が、大好きだよ」 「ぐーぐー、すやーすやー」 「そんななーちんをこんなにも大好きになれた事が、幸せ過ぎてたまらないよ。  私、なーちんとずっとずっと一緒にいられて、こんなにも生きていて良かったって思う事なんて無いよ」 「ぐーー、ぐーー」 「…………好き。なーちんが大好き。  愛してる。本当に本当に、なーちんを愛してる」 「ぐーーーーぐーーーーすやすやーーーーすやすやーーーー」 「なーちん本当は起きてるだろ」 「寝てるよー」 「そっか、寝てるのか」 「ぐーぐーすやすやー」 「…………んな訳無いだろっ!いつから起きてたっ!」  カチッと車内のライトを付ける。  ほのかなオレンジ色のライトに照らされたなーちんの顔は、オレンジ色のライトに照らされていても分かるぐらい真っ赤になっていた。 「えと…その…なんだかみぃが可愛くなった時から?」 「意味不明過ぎるっ!  いつからだっ!いつからなんだっ!」 「みぃが「…って、寝てるし」って言った時から」 「最初からじゃないか馬鹿ぁっ!」 「へっへっへー良い顔だったよみぃったいっ!痛い痛い痛いっ!ダメージ無いけど地味に痛いっ!」 「うるさいうるさいっ!このっ!このっ!このーっ!」  …結局、それから五分ぐらい、私はなーちんを車にあったクッションで殴打し続けた。 「ちょっとは落ち着いた?」 「…」 「もー機嫌直してよー」 「うるさい」 「謝るからさー」 「うるさい」 「はい、いつもの微糖珈琲」 「…ありがと」 「どーいたしまして」  日の出まで、あと一時間。  雨の音は、もう殆どしない。  私はなーちんから渡された缶珈琲を啜る。  …………私はいったい、どういう顔をすれば良いんだろう。  あんなに自分の想いを、ただひたすらに散々にぶちまけた後、私はどういう顔をしてなーちんの顔を見れば良いんだろう。  どうしよう、本当に分からない。助けてアリストテレス大先生。 「ちなみに言っとくけど、あたしもみぃの事大好きだよ。  大好き。大好き大好き大好き超愛してる。  なんならあたしの人生全部あげられるぐらい愛してるぜべいびー」  直球かよ。ど真ん中のストレートかよ。  あと恥ずかしくなって途中でふざけるぐらいなら一言だけで良いんだよそれだけで充分に伝わるから。 「んで、とりあえずみぃがてんぱらない様に先手打った訳だけど、なんでまたあたしに愛の告白を?」 「いや、あの、それはだな、ええと、なんだ、まぁあれだ、そのだな、あー…、えとー…」 「はいはいどうどう、落ち着いて落ち着いてー。  あ、ポテチ食べる?」 「食べる」  車内にさくさくというポテチを頬張る音が響く。 「まぁみぃがあたしの耳元で愛を囁く理由もなんとなく分かるけど」 「っごふっ!ごほっ!げほっ!」 「はいお水」 「ごくごくごくごくごくごく…ぷはぁっ!  わっ、分かってたのか!?」 「わー今日はみぃの滅多に見れない顔が見れて面白いなぁほんと」 「そんな事今はどうでも良いっ!  何がどうなってるんだっ!説明してくれっ!」 「はいはい。  みぃがずっと引っかかってたのって、あいつと私の関係でしょ?」  ほ、本当に分かってた…。 「んで、ここ数日どうにも愛想が無かったのって、なんか嫌な夢でも見たせいでしょ?」  実はなーちんってエスパーだったのか…!? 「今日のみぃはほんっとに分かりやすいなぁ」  にやにやと笑うなーちん。そのにやけ顔写真に撮って私の携帯の壁紙にして愛で続けてやろうか。 「そう言えばちゃんと言って無かったよねー。  あたし、あいつとは付き合わないから」 「…………そ、そうなのか?」 「うん。  あたしにはみぃっていう大好きな人がいるって、みぃに相談した次の日にちゃんと言ったんだー」 「そっ、それで、あいつはなんて言ったんだ?」 「ちゃんと断ってくれてありがとうだってさ。  あたしがみぃを…あたしと同じ女性を好きだって言っても、なんとなく察してたって。  今では良き相談相手だよー」 「そ、それじゃあその日からあいつと一緒にいる時間が長くなってたのって…」 「そんなに長かった?そうでも無かったと思うけど…」 「長かった!あいつと付き合ってるんじゃないかって思うぐらい長かった!」 「うわぁ力説ー」 「ちゃかすなっ!ちゃんと説明しろっ!」 「いやぁー…なんかもう散々はぐらかしたけど、実はこの日の出を見に行こうっていうの、そいつのアイデアなんだよねー」 「そ、そうなのか?」 「うん。  みぃとの仲が進展しない上に一週間ぐらい無視され続けてたからどうしたもんかって相談したら、じゃあ一緒に日の出でも見に行ったらどうかってあいつの彼女が言ってたんだー」 「あいつなーちんとその彼女と二股掛けてたのかっ!?」  本気で許さん。帰ったら覚えてろ。この世の地獄を見せてやる。 「違うて違うて。あたしが思いっきり全力で振った後私の友達をあいつに紹介したんだって。  今ではもうこっちが恥ずかしくなるぐらいラブラブだよー」  すまなかった。応援するからそっちはそっちで存分に幸せになってくれ。  …いや、しかし、話を聞く限り完全に私の早とちりじゃないか。馬鹿だろ私。この一週間何してんだ私。 「……実は、さ。  この旅行に誘う時、断られるんじゃないかって、内心びくびくしてたんだよねー」 「…そうだったのか?」 「うん。  だからみぃが行くって言った時、正直びっくりしたよー」 「…どうしてだ?」 「ん?」 「どうして私に、日の出を見に行こうなんて言えたんだ?」  私だったら、そんな事絶対に出来ない。  嫌われているかもしれないって思う相手に、こうして日の出を見に行こうって誘うなんて。  …絶対に。  うん、絶対に無理だ。 「…だってさ。  だって、嫌だったんだもん。  このままみぃとさよならなんて、そんなの…そんなの、絶対に嫌だもん」  なーちんの声は、今までの様な、間延びした声じゃない。  なーちんの顔は、今までの様な、へにゃっとした顔じゃない。  いつもよりずっと低い声で、今にも泣いてしまいそうな顔で。  罪悪感に、どうにかなってしまいそうだ。  でも、それ以上に、  それ以上に、どうにかなってしまいそうな程、嬉しい。  こんな声を出させてしまうぐらい、こんな顔をさせてしまうぐらい、  私は、なーちんに想われていたんだ。 「…なーちんの馬鹿。  分かってたなら言ってくれれば良かったんだ。  そうすれば私だってこんなもやもやした想いをしなくて済んだんだから」  にやけてしまいそうな顔を無理矢理無表情にして、思ってもいない事を言って、どうにか平静を保つ。  こんな態度を取っても、なーちんなら大丈夫だって、そんな確信があるから。 「ごめんてごめんて。  …あれ?なんで私が謝る流れになってるの?」 「いつも通りだろ」 「なんか腑に落ちない…」 「まぁ良いじゃないか。こうして誤解も解けたんだし」 「なんか上手く言いくるめられてる様な気が…」 「ほらもうすぐ日の出だっ!  早く準備しろなーちんっ!」 「みぃ絶対照れてるでしょ!?  私実はすっごく想われてたんだって照れててそれでつんつんしてるんでしょこのツンデレめっ!」 「うるさいうるさいうるさいうるさいっ!  早く行くぞっ!」 「顔真っ赤じゃんっ!耳まで茹でだこみたいじゃんっ!  っていうかみぃっ!傘っ!傘忘れてるっ!」 「大丈夫だもう雨止んでるからっ!」 「ほんとだっ!絶対降ってると思ったのにっ!」 「相変わらずなーちんの天気予報は雑だなっ!」 「ごめんごめんっ!  あれ私また謝ってるっ!?なんでっ!?」 「知らんっ!」  日の出が、一番綺麗に見える岬。  その灯台の足元にある、海が一望出来る岩壁に作られた遊歩道。  そこに、私となーちんはいた。  雨は止んだ。  雲は切れ、黒と藍と紫紺を混ぜた夜色の空が広がっている。  …太陽の色は、まだ、無い。 「…早過ぎたねー」 「うるさい黙れ」 「はいはい」  腕時計を見る。  陽が昇るまで、予報だとあと五分。 「あっ!ねぇねぇねぇねぇ!」 「なんだよ」 「日の出の瞬間何か叫ぼうよっ!」 「初日の出見る時にやるあれか。  というかなんでまた突然そんな事を?」 「縁起良さそうっ!」 「はいはい思い付きな」  …いや、それもありかもしれない。  せっかくこうして誤解も解け、それどころか、なーちんとの関係が二歩も三歩も前進したのだから。 「あとよんふーん」  そうなれば何を叫ぼう?  せっかく恥を捨てて叫ぶのだ、出来れば後世に残る様な言葉にしたい。 「あとさんぷーん」  ああ時間が足りない。  こうなったらこうなる事を予想して何か考えて来るべきだった。 「あとにふーん」 「さっきからうるさいぞなーちんっ!  というかさっきからカウントばかりしてるがそういうなーちんは何か考えてるのかっ!?」 「もう考えてるよーだ」 「なっ…!」  なんて事だ。もうなーちんは考えてるのか。  というかなーちんは何を叫ぶつもりだろう。  …まぁなーちんの事だからたいした事じゃないんだろうが…。 「あといっぷーん」  もうそれだけしかないのか。  なんて言えばいいなんて言えばいいなんて言えばいいんだっ! 「ほらほらもう水平線にうっすらと太陽光がっ!」 「うるさい考えさせろっ!」 「そんなに深く考える事無いのに…。  こーいうのは単純で良いんだよー」 「た、単純って、なんて言えば…」 「んー…じゃあもう結構陽が出てるし、お手本見せよっかなー」 「そっ、そうしてくれっ!」 「おっけー」  そう言うとなーちんはすぅぅぅと大きく息を吸って、  間違っても落ちない程度に、手すりから身を乗り出し、  水平線から顔を出した、赤とオレンジ色の太陽に向け、  太陽光を宝石の様にきらきらと反射する、海に向け、 「みぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!  愛してるよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」  そう、叫んだ。  …ああ、そうか。  そんな事で、良かったのか。  どや顔してるなーちんを尻目に、私も手すりに近寄り、手をメガホンの様にして、 「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁちぃぃぃぃぃぃぃぃぃんっ!  わたっ、私も愛してるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」  思いっきり全力で、  私が出せる精一杯の声で、  今までの全部を、  もやもやも、むかむかも、わくわくも、にやにやも、  全部全部、吐き出す勢いで、  なーちんへの愛を、叫んでやった。  見たか。  これが私の本気だ。  自分でも分かるぐらいにどや顔をして、なーちんを見る。 「…………いやぁ…あはは…」  顔を真っ赤にして、頬をぽりぽりと掻きながら、なーちんは照れていた。 「…」 「…」 「……」 「……なーちん、頼むから何か言ってくれ」 「いやっ、そのっ、まさかみぃがやってくれるとは思わなかったからさっ!」 「照れてないで感想を言えっ!むしろ言ってくれっ!頼むからっ!」 「正直嬉しいですっ!」 「それなら良いっ!」 「なっ、なんかあっついねーっ!」 「そっ、そうだなっ!なんか暑いなっ!」 「……」 「……」 「…………」 「…………ええと、みぃ」 「待って、私から言わせてくれ」 「そ、そう?  あ、でもあたしも言いたい…」 「それじゃあせーので言おう」 「うっ、うんっ!」  私となーちんは向かい合う。  なーちんの顔は、朝陽の色も相まって真っ赤になっている。  きっと私の顔も、真っ赤になっているだろう。  まるで、お見合いの様な雰囲気。  こんな雰囲気だ。なーちんが何を言おうとしているか、容易に想像が着く。  だから、私から言いたかったんだ。  今まで私は、なーちんに散々迷惑を掛けてきた。  私が、素直じゃないから。  多分これからも、なーちんには沢山迷惑を掛けるだろう。  私が、素直じゃないから。  だから。  だからこういう時ぐらいは、ちゃんとしたい。  私は本当に、なーちんを愛してるんだぞって。  ちゃんと、素直に、意志を見せたいんだ。 「…なーちん」 「…みぃ」 「私は」 「あたしは」 「本当になーちんを愛しているんだっ!」 「早くご飯食べに行こうもう空腹が限界っ!」 「…なーちん、今なんて言った?」 「みぃこそなんて言ったの?」 「私は、なーちんを本当に愛してるって…」 「あたしはお腹が減ってお腹が減って…」 「……」 「……」 「…………うわああああああああああああああーーーーーーーーっ!」 「やめてーーーーっ!  ダメージは全く無いんだけど粉々になるからうみゃー棒(コーンポタージュ味)で殴るのやめてーーーーっ!」  それから一分ぐらい、私はうみゃー棒(コーンポタージュ味)でなーちんをぽかぽか叩き続けた。    私の名前は、みぃ。  下の名前が湊(みなと)だから、みぃ。  彼女の名前は、なーちん。  下の名前が渚(なぎさ)だから、なーちん。  わたしとなーちんは、幼馴染。  小学生の頃から、ずっと一緒。  遊ぶのも一緒、怒られて泣く時も一緒、学校帰りにファミレスでご飯を食べるのも一緒、  親に内緒で片方の家に泊まって、一緒のベッドで眠った事もある。  そう。私となーちんは、とっても距離が近いんだ。  とっても、とっても、距離が近かったんだ。 「うー…うー…!」 「よしよーし怖くなーい怖くないよー」 「うーーーー…………!」  …今日、この日。  私となーちんの距離は、今までよりずっと、ずっと、近くなった。  …これから先、私となーちんの関係がどうなるか、分からない。  未来を予知出来る超能力者でも無ければ、そんなの、分かる訳が無い。  …もしかしたら、また、些細な事で、喧嘩をしてしまうかもしれない。  また私が一方的に勘違いをしてしまうかもしれない。今度はなーちんが怒り狂うのかもしれない。 「機嫌直してよーみーいー」 「………………………………な」 「?」 「朝食の海鮮料理、全部なーちんの奢りな」 「お……………おおっ!任せんしゃいっ!」 「冗談だから…ていうかちょっと涙目だぞ…」  それでも。  それでも、明けない夜は無いから。  陽はまた、昇るから。  …多分、大丈夫な気がするんだ。 「…………なぁ、なーちん」 「どったの?」 「…………ありがとう。大好きだよ」 「…………えへへへーーーー」  なーちんは、まるで太陽みたいに笑ったんだ。 「何これうま過ぎるんですけどっ!」 「本当に美味いなこれ…」  ちなみに帰りに食べた海鮮丼は本当に美味しかった。
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