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違う。こんなことが言いたいんじゃない。
こんなことを俺は迅に伝えたかったわけじゃないんだ。
俺は…、俺は…。
「…!」
その時、手を引き寄せられた。
反応するよりも早く、上体を起こした迅に抱き締められる。
「っ、な…にして…っ。おい迅、傷…っ」
「俺は、真志喜の言うことならなんでも受け止める」
「…ぇ?」
突然何を、と固まる真志喜を両腕で包み込んで、迅は言葉を続けた。
「真志喜のどんな罵倒だって、全部が愛おしく感じる。過去の話を聞いて欲しいなら聞くし、聞かせたくないなら聞かないよ。…でも」
迅の声が、僅かに掠れる。
瞠目する俺の耳元で、まるで縋るように迅は言った。
「お願いだから。あの日のことだけは否定しないで」
「…っ」
あの日。
生きる意味を失った俺は、何もない真っ暗な路地裏に捨てられた。
体が寒く、意識も朦朧として、「ああ、やっと死ねるのか」と広がる闇の中に身を委ねようとした。
『──どうしたの…?』
そんな時だった。
俺の目の前に、温かな光が灯ったのは。
虚な瞳で見上げれば、見知らぬ少年がそこにはいた。
光の宿るその瞳を、綺麗だと感じた。
あの瞬間、俺は…
心の底から、生きたいと思ったんだ。
「…っ、ぅ、あぁ…っ」
ボロボロと、止まらない涙が頬を伝っていく。
嗚咽を漏らす真志喜を、迅は黙って抱き締め続けた。
例え何度時間が巻き戻っても、俺はその手を掴んでいただろう。
あの出逢いは、偶然であり、必然だった。
顔を上げると目の前に迅の顔が広がる。
この世界で最も大切な人の顔が。
「……じ、んっ」
引き寄せられるように、求め合うように。
俺は迅と、唇を重ねた。
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