進むか?戻るか?

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進むか?戻るか?

 アラタが眠って、俺は校長から不可解な忠告をされた。 「教育長の話を覚えているだろう?」 「世界を動かすプロジェクトの話ですか?」 「そうだ。今、この話をすることは我々の命にかかわる危険を伴うことを覚悟の上で君に伝える。本採用されたら、君は一生、とある任務を引き受けなければならない。表向きは、この町の職員だが、実際は国家公務員となる。私は来年、県の公務員としての教職を退職し、その任務につくことを約束している。私の場合、やむを得ない事情があり、そうする以外に生き延びる道がなかったからだ。だが君はまだ若い。独身である。心のあたたかい立派な青年だと思うからこそ、私は君の人生を考えると、今、忠告したい。この職務を引き受けたが最後、自分のプライベートなどなくなる。24時間、国の監視下に置かれる。そのくらい緊迫した覚悟が必要な職務なのだ。詳しい話を聞かせる前に、少しでも迷いがあるなら今すぐ引き返した方がいい。平和な一般庶民の生活圏に引き返すんだ。これ以上、一歩も、一時間たりとも進んではならない。アラタを一目見て自信がなくなったと、カッコつけずに仕事を断るんだ。」  俺は混乱した。人生の大きな分岐点に立たされ、考えたのは俺の未来より、家族のことだった。俺のオヤジは長年、アル中とDVで母親を泣かせてきた。俺は早く金を貯めて、母親が一人で安心して生活できるマンションを購入してやりたいと思っていた。母親は離婚したくても、今までは経済事情が、それを許さなかった。俺はまだ、まともな仕事についていないので母親に仕送りすることもできずにいた。  国家公務員なら安定した収入を得られる。どの道、どんな仕事であれ真剣に立ち向かうならプライベートを楽しむ余裕なんてないだろう。俺はそもそも女や酒に興味はない。プライベートという名の日常の雑事に時間を費やし、思い切って仕事に没頭できない平凡な人生を歩むより、むしろ、すべてを投げうって大きな仕事を成し遂げてみるのも悪くないのではないか。  そうすれば母親に仕送りできる。今すぐ、憎むべき醜悪なオヤジから隔離してやれる。他に、俺が守りたいものなんてあるだろうか?
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