辞令交付

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辞令交付

 考えた末、俺は偶然に引き当てた数奇な運命を、迷わず突き進むことに決めた。    4月1日、教育長と共に町長室へ辞令を受けに行った。 「牧野慎吾殿 環境省〇〇〇〇国立公園管理事務所 自然生物専門研究員を命ず 平成〇〇年四月一日 環境大臣 〇〇○○」  俺は緊張した。自然生物専門研究員とは、どういうことだろう。何一つ具体的な仕事内容は想像できなかった。  町長は俺にコーヒーを勧めながら、屈託のない笑顔で説明した。 「○○小学校の始業式は4月10日です。今日の午後から、4月8日までの一週間、専門職としての研修を受けていただきます。電話の繋がらない地域での研修となりますので、出発する前にご家族へ、その旨、お知らせください。なお研修施設内には、携帯電話、腕時計、靴、衣類その他、私有物は何一つ持ち込むことはできません。途中の施設ですべての着衣を指定のものに着替えていただきますのでご了承下さい。細菌やウイルスを持ち込まないためのマナーです。生活や仕事に必要なものは、すべて研修施設で支給されます。」  俺は気軽に談笑できる心境になかった。不用意な発言で校長に迷惑をかけても困ると思った。かと言って何も答えないのも不自然なので 「気持ちを引き締めて、研修させていただきます。よろしくお願い致します。」 と言って微笑んだ。  町長は、にこやかな表情で俺の顔をマジマジと見つめながら親しげに言った。 「牧野君、この仕事は誰にでもできる仕事ではない。君を採用するにあたり、君のご両親やご先祖様のことを調べさせていただきました。君が生まれてから今までの履歴も細かく調査しました。なぜ、そんな必要があるか。それだけ重大な国家機密を取り扱うからです。この一年間の勤務体制ですが、週三日は小学校で勤務していただき、週三日は研究員として研究所での勤務となります。休日は通常期間、週休一日となりますが、夏休みと冬休みは各一か月の休暇を保証します。ただし、休暇中、どこで何をしていても緊急事態が発生した際には研究所へ34時間以内に戻っていただきたいのです。地球上であれば、余程の事情がない限り34時間あれば戻って来ることが可能だと思います。念のための注意事項です。」 「了解いたしました。」 「いいねえ。君は実にさっぱりしていて、いい。何か不安はありますか?」 「特にありません。」 「ほ~う?君は本当は教員になりたかったんだろう?ま、何年かして仕事に慣れてきたら、どこかの学校で勤務してもらうことも可能だ。確か小学校の教員免許の他、中学と高校の理科と生物の免許をお持ちでしたね?」 「はい。」 「将来は町で柔道教室を開くのもよいでしょう。さて、それでは11時ちょうどに庁舎裏の7番車庫から出発しますので、それまで、ご家族に電話で研修についてお知らせ下さい。ご家族以外の方への連絡はお控え下さい。」
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