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ところがそうなる寸前、トカレフを手にした男が咳き込んだ。
と同時に真っ赤な鮮血がほとばしる。
男は苦しげに血を吐き出して、引き攣るような呼吸音を響かせた。
「大丈夫……ですか?」
思わず声にしてしまった自分に驚き、慌ててヤクザの方に視線を送った。
しかし動く気配はまるでなく、二人は降り注ぐ雨粒を受け止めている。
少女は少しホッとして、再び仰向けになった男の方へ視線を向けた。
するとうっすら目を開けていて、雨粒が当たるたび眉間にシワを寄せ、
目を瞬かせて辛そうな顔をする。
少女は恐る恐る近寄って、握りしめていた傘を男の頭上に持っていった。
そのままその場にしゃがみ込み、再びおんなじ言葉を声にする。
「大丈夫、ですか……?」
その途端、男の顔に動揺が走った。
左右の瞳がパッと開かれ、途端にその目が少女を捉える。
ところがそんな視線も一時で、すぐに外れて上向いてしまうのだ。
その時、少女は何を思ったか、いきなり男の腕を取り、
そのまま引っ張り起こそうとする。
「ちょっと……待て」
苦痛に顔を歪ませながら、
「俺を、殺す気か……?」
男はなんとかそう声にした。
「違います。このままだと、あなたは本当に死んでしまいますから……」
「どっちにしても、もう助からん……だから、放っといてくれ……」
掠れるような声の合間に、ピーピーという呼吸音がいちいち響いた。
ところが男の言葉にも、少女はその動きを止めようとはしなかった。
もしもあの時、この男がためらいなく引き金を引けば、
雨に打たれていたのは自分の方かもしれない。
――この人はなぜ、あの時、すぐに撃たなかったの?
そう思う少女の脳裏に、さっきのシーンがあっという間に蘇った。
あれは……まさに困ったという顔だった。
脳裏に浮かんだ男の顔は、「参った!」と言わんばかりに歪んでいる。
――この人は、わたしがいたから撃てなかった……いえ、
撃たなかったんだわ……。
だからなんとしても助けたい。
そんなことを勝手に思って、
何を言われようが男を捨て置こうとはしなかった。
やがて、その懸命さが伝わったのか……男は視線を左右に動かし、
たどたどしくも少女へ告げた。
「俺を、土手の向こうへ……連れてって、くれ……」
「土手の向こうって、川の方ってこと?」
「そうだ……だから、ちょっと、待て……」
彼はそう言うと、懸命に左半身を浮かそうとする。
少女もすぐにその意図を理解して、腕を離して彼の背中に手を差し入れた。
そんな少女の助けもあって、男はそう苦労することなくうつ伏せになる。
さらに少しずつ肘と膝を折り曲げていき、身体を丸め、
程なく立ち上がることにも成功した。
「どうして、土手なんかに上がるんですか?」
そんなことはやめて、このまま医者のところに向かうべきだ。
何度そう声にしても、男はまるで聞く耳を持たない。
腰を辛そうに折り曲げ、ゼイゼイ言いながら、
土手斜面を必死になって上っていくのだ。
最初は見守っていた少女も、やがて洋傘を彼の頭上にかざし、
一緒になって上り始める。
そうしてなんとか上り切り、そこからは少女の肩を借りて、
さらに川っぺりまで下りていった。
ここ数日の雨で水流は荒々しく、
多摩川はいつもよりずいぶんその川幅を広げている。
「ここで……いい……」
男がそう呟いたのは、茶色い濁流がすぐ目の前まで迫っているところでだ。
「こんなところで、いったいどうする気ですか?」
そんな少女の問いには答えず、
男は草むらに倒れ込むように寝っ転がった。
さらにその手をゆっくり上げて、ヒラヒラと振って見せるのだ。
もういい、どこかへ消えてくれ……。
きっとそう言っている。
すぐわかったが、「はいそうですか」と言えるくらいなら、
こんなところにいやしない。
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