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第1話 リクエストはバッドナンバー②
俺たちが生きる町、ゼロボーンシティは生と死が交錯する町と言われている。
高度に発達した人工知能によって治安が制御され、殺害を含む凶悪事件が起きても人口が変わらないからだ。町の中心部は円環状の運河によって周辺部から分断され、限られた人間しか出入りできない『サンクチュアリ』と化している。
俺は三年前、運河の近くで記憶を失ってさまよっていた。俺を助けてくれたのは玄鬼という住職で、元々は町を仕切っていたマフィアのボスだ。
俺は住職の副業であるスクラップの仕分けを手伝う代わりに、三度の食事とトレーラーハウスを与えられた。そこで見つけたのが『キャサリン』だった。
キャサリンは古いオートドライブシステムに潜んでいた人工知能で、当初は自分が誰なのかもわからない状態だった。それもそのはずで、彼女は何者かの手でそれまでのメモリをすべて削除され、初期化されていたのだった。
彼女を見つけてから一週間、俺は何かに憑りつかれたように不眠不休で彼女を修理した。
その結果、まるで赤ん坊のようだった彼女は日に日に「成長」し、あっと言う間に分別を持つ「大人の女」へと変貌を遂げていった。
俺が住職から譲り受けた軽自動車にキャサリンを組みこむと、彼女は優れた運転制御能力だけでなく優秀な秘書としての能力も発揮し始めた。
彼女自身は自分を開発したのが誰で、どんな目的のために作られたのかを思い出していない。だが以前、怪しい男たちが彼女を盗みだそうと寺に侵入してきたことから、なんらかの大きなトラブルに巻きこまれた過去があると俺は思っていた。
キャサリン同様、スクラップの中から俺に呼びかけてきたのが『レディオマン』だった。
見かけは骨董品レベルのカーオーディオだったが、その中身は百年以上にわたる音楽の巨大ライブラリだった。俺は三日三晩、飲まず食わずで『レディオマン』を修復し、陽気なラジオパーソナリティとしてよみがえらせた。
さらに古いトレーラーハウスのキッチンで眠っていた『王』という調理プログラムと、王のアシスタントロボットとして開発された『姑娘』という猫型の万能メカも同時によみがえらせた。俺は住職に災いが及ぶことを避けるため、キャサリンと王を連れて寺を出た。
俺とキャサリン、レディオマンはいわくつきの人物や危険な物品を運ぶ「闇の運び屋」を営み、夜になると空き地やキャンプ場でトレーラーハウスと合流した。俺と四人の人工人格たちは闇の世界の住人達からいつしか『ファイブ・ギア』という名で知られる存在になっていった。
俺たちは様々なルートで『運び屋』の仕事を請け負ったが、中でもとりわけ剣呑な依頼を寄越すのが、とある事件がきっかけで知りあった『夜叉』という名で呼ばれる女だった。
のっぽで耳の尖ったガム、やたらと肩幅の広いダム、小男で顔の真ん中に傷を持つザムという三人のボディガードを引き連れたこの女は一切素性を明かすことなく、常に上から目線で俺に無理難題としか言いようのない仕事を捻じ込んでくるのだった。
不思議なことにキャサリンは『夜叉』をあまり嫌っておらず、俺がノーと言わない限り、無茶な依頼にも協力を惜しまないのだった。『夜叉』の決まり文句は『自分が何者か知りたければ、おとなしく協力することね』で、この言葉には抗いがたい魔力があるのだった。
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