山崎昇平④

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山崎昇平④

 喫茶店で一緒にパフェを食べたあの日から一週間。春花さんと会うのは週二回、バイトのときだけなので、普段はあまり話をする機会がない。だけど、その合間を縫って、春花さんは僕に告白してきた。 「あれから色々考えたんだけど……。やっぱりあたし、ショウとお付き合いしたい」  そして今週末は自宅に誘われ、「そこで返事を聞かせて」と付け加えられた。……僕としてはそんなことより、「姉が人造人間だ」という台詞が気になって仕方ない。  その話を彼女にすると、「付き合ってくれるのなら教えてあげる」と返された。……ズルすぎるだろ、そんなの。僕には、「告白を受け入れる」しか選択肢がないらしい。  そんなこんなで今、僕は彼女の部屋に敷いてあるカーペットの上で一人正座し、興味津々に中を見渡している。  女の子の部屋には初めて入ったけど、やたらとピンク色だったり華やかな香りがしたりするわけでもなく、内装は落ち着いていた。花柄のベッドカバーや大きめの鏡、本棚にささる大量のファッション誌なんかが、かろうじて女の子らしさを醸し出している。 「これ、良かったら食べて。昨日焼いたんだ」  間もなく、大量のクッキーが入ったバスケットを持って、春花さんが戻ってきた。……たぶん、僕のためにわざわざ焼いてくれたんだろう。普段はどうしようもなく自己中なクセに、ふとした瞬間に見せる純粋な乙女心がいじらしくて、僕は彼女を嫌いになりきれなかった。 「……で、どうなの? ショウは、あたしと付き合ってくれるわけ?」 「どうもこうも、そうしなきゃいけない感じじゃん……」 「さすが、物分かりがいいね。じゃあ、今日からあたし達、カップルってことで。なぁなぁな感じだったけど、やっとすっきりしたよ」  そう言って、にっこり笑う彼女。笑顔はステキなのにな……。 「じゃあ早速、『姉さんは人造人間』ってどういう意味なのか、説明して欲しい」 「……そんなにがっつかないで。そのために付き合うことにしたみたいじゃん。……とりあえず、例のアレ……見せてくれない?」  僕は無言で頷いて、鞄の中から古いアルバムを取り出した。 「ふふっ、本当だ。……まんまあたしじゃん。今まで散々話は聞かされてきたけど、……初めて実物見た。こんなところに写真が残ってたなんて、レノも知らないんだろうな……!」  よくわからないリアクションをする彼女。自分と同じ人間がいたという点について、何も抵抗がない様子だ。それより、レノ……って何のことだろう? 「あのさ、一人で自己完結してないで、僕にも説明してよ」 「あ、ごめんごめん。……いうても、色々ありすぎて説明するのが面倒なんだよね。まぁ、クッキーでも食べながらゆっくり話そうよ」  ほら、といいながら口元へ差し出してきたクッキーを、僕は唇で受け取って食べた。……普通に、美味しいクッキーだった。満足そうに笑う春花さんは、やっぱり愛おしく映る。 「……まぁ、なんだろ。結論から言うと、あたし……クローン人間らしいんだよね」  ……彼女は唐突にそう言うと、「あっはは! 驚いた?」とおどけた。  驚いたとか、そういう次元じゃないだろ。あまりに突然の告白……もとい激白に、頭がまるで追いつかない。 「く……くろ……え!?」 「ちなみに、ショウって理系?」 「ま……まぁ、一応……」 「じゃあ、意味分かるよね? つまりショウのお母さんとあたしは、完全に同じゲノムを持ってるってこと」 「それは……わかる……けど、だいたい、人のクローンって作っちゃダメなんでしょ!? それ以前に、誰も作成に成功してないはずだし!! あり得ないでしょ、そんなの!!」  ……まだ、タイムトラベラーのほうが素直に飲み込めた気がする。 「あー……なんていうの? 体細胞の核を移植して作るクローンとは違うみたい。オリジナルとクローン……っていう構図じゃなくて、『同じDNAを持った人間がたくさんいる』ってイメージかな? 双子と同じ原理……って言えば、想像できる?」  ますますわけが分からない。彼女は、僕に説明する気があるんだろうか。 「だからその、あたしと同じDNAを持っている受精卵が何個か、どこかに凍結保存してあるんだって。必要に応じてそれを解凍して、人にしてるとか。……姉さんは、そう言ってた。だから、その受精卵がなくなれば、実験も続けられなくなるみたい」 「あのさぁ、実験って何!? もっと分かるように説明してくれない!?」  我慢できなくなって、やや感情的になってしまう僕。 「……ゲノム編集っていう技術を駆使して、知能の高い人間を意図的に作り出すにはどうすればいいのか。……それを探る実験」 「知能の高い人間……? 誰が何のためにそんなこと……」 「レノっていう気違い組織が、世界平和のためにやってるんだって」  そう言ってケラケラ笑う彼女の顔には、暖かみが全くなかった。  そして春花さんは、その真相を僕に話してくれた。お姉さんは、ゲノム編集が施された卵子から誕生した人間だということ。春花さんは、お姉さんの対照実験体として準備された普通の人間だと言うこと。この実験が行われるのは二回目であることや、レノという組織についても教えてくれた。……そして、母はレノに消されたらしい。  彼女の話は荒唐無稽ではあったけど、嘘だとも思えなかった。現に、僕の母親は春花さんと同じ顔をしているわけだし。……だけど、彼女の話が全て本当であるとすると……。  ――僕の母親は、人殺しだということになってしまう。  だから僕の周りの人たちは、母親のことに触れたがらなかったのか……。どことなく対応が冷たかったのも、そのせいだったのかもしれない。あれがレノの仕組んだ事件だったとはいえ、殺人を犯した人間が親だと聞いてショックを受けないハズがなかった。 「こんなに酷い事件まで起こしたのに、同じ実験をもう一度することになったのはどうして? ……そもそも、最初の君のお姉さんは、回収された後……どうなったんだ? やっぱり、解剖とかされて……死んじゃったってこと?」  僕が尋ねると、春花さんはふふっと笑った。 「それが、姉さんの遺伝子は複雑すぎて誰にも解析できなかったから、姉さん自身に……解析をさせてたみたい。最初の姉さんは、自分で自分の遺伝子を解析する羽目になったってことだね」 「なんだそれ、丸投げじゃん。でも、結局解明できなかったわけ?」  だいたい、実験体に実験体の研究をさせる……って時点で、もう無茶苦茶だ。レノは、超頭脳集団じゃなかったのか? 「それが、研究の途中で姉さんは暴走して……。データを破壊した上に研究員を皆殺しにすると、研究室から逃走。あの手この手で日本まで戻り、高嶋衛……っていう人に全てを話した上で自殺したんだって。爆弾で……自分の体を粉々にして」  壮絶すぎるだろ……。そんな人生、絶対にごめんだ。 「一人目の姉さんが暴走したせいで実験データと検体がほとんど残らなかったから、実質的に実験は失敗。レノは実験の再試をする計画を立てて、ネットに流布した画像と、最初のあたしを消した……」 「そういう……ことか。じゃあ、春花さんのお姉さんがいなくなったっていうのは……」 「……姉さんは、自らレノの研究に手を貸しに行ったの。前回は、無理矢理レノに連れて行かれたから暴走したんだって……判断したみたい。もしまた実験に失敗するようなことがあれば、あたしが……殺されてしまう可能性があったから。姉さんは、『絶対に実験を終了させて帰ってくる』って言い残して、レノに加入してしまった」  そういうと、春花さんは急に泣き出しそうな表情になった。 「だからあたしは、姉さんの後を追いかけたくて……理系を選択したの。だけど、化学とか本当に苦手でさ。……やっぱり、こんな馬鹿なあたしにできることなんて……何もないのかな」  小さな声で残念そうに呟く彼女を見ていられなくて、僕は言う。 「……もし良ければ、力になるよ。僕、化学は得意だし。春花さんがお姉さんを追いかけたいんだったら、協力する」  すると、春花さんは「ふっ」と鼻で笑い、クッキーを一枚、手に取った。 「あのさぁ。付き合ってるんだったら、いい加減『春花さん』って呼ぶの、止めない? 他人みたいじゃん」 「それも……そうだね。ハルカ、でいいかな?」 「それと、あたしには……ゲノム編集されてないから。つまりは相当な馬鹿。その覚悟は出来てるの?」 「大丈夫でしょ。ハルカは僕の母さんなんだから」  何気なしにそう呟いた直後。ドン、と僕は正面から押し倒されて、ハルカに馬乗りにされた。状況を把握するいとまもなく、激しいキスをされる僕。口内に、クッキーの香りが広がった。 「ショウは、自分のお母さんとこんなことしちゃう系男子? だとしたら引いちゃうんだけど」 「な……何だよ急にっ……!! ファーストキスだったんだぞ……!!」 「ファーストキスはクッキー味かぁ。いいね。……確かにあたしは、ショウのお母さんと双子みたいな関係だよ。だけど、あたしはあたし。今後はもう、あたしのこと『母さん』だなんて言わないでよね」  これは、怒られているんだろうか。確かに適切な発言ではなかったのかもしれないけど、本気にすることもないだろう。 「……冗談に、決まってるじゃないか。どうしてこんなにムキになるんだよっ……!」 「あたしとショウが親子の関係だなんて、認めたくないからだっ!」  再び、ハルカにキスをされた。二回目もまた、クッキー味だった。
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