佐倉奏多④

1/1
前へ
/20ページ
次へ

佐倉奏多④

 私は電車の窓から、流れゆく外の風景を見つめ、目を細めた。父の単身赴任先には電車で一時間以上。暫く顔も見ていない。……まさか、こんな形で会いに行くことになるなんて……。 『君の父親は、間違いなくレノだと思う』  高嶋さんにそう言われるまで、そのことに勘づかなかった私も私である。彼が生物的な意味での父親でないことは、身体的な特徴から既に気づいていた。そんな父が父であること自体が、そもそも不自然だったのだ。  私は母から「産まれた」。これは、紛れもない事実。母の産道を通ってこの世に生を受けたことは間違いない。  しかし、私は母とも血のつながりがない。そして母は、恐らくそのことを知らない。  ……レノ所属の医師が、父を経由して母の子宮に私の産まれる人造卵子を着床させたのだ。もちろん、春花も同じようにして産み出されたのだろう。母はそうとも知らずに、私たち姉妹を大切に育ててきた。まるで、カッコウに托卵されたモズの親鳥のように。  全てはアイツが……父などと抜かしやがってるあの男が、企んだことなのだ。  私は、こみ上げる怒りを飲み込んだ。ここで感情的になっても仕方ない。怒った時点で、感情的になった時点で、理論的な反論ができなくなったと認めたことになる。目的の達成に感情を使うほど低能な行為はない。最後まで冷静に、着実に相手を論破しなければ。 「……まさかお前にバレるとはな。まぁ、危惧していなかったわけでもないのだが」  マンションに到着した私へ、最初にかけられた言葉がこれだった。 「……レノと戦おうと思ってるのか? ……いくらお前でも無理だぞ。まず、お前の話を信じるヤツなんてどこにもいない。お前が『人工的に作られた』人間だという、証拠すらない」  馬鹿にしたように笑う彼を前に、私は覚悟を決める。 「私をレノに加入させろ」  相変わらず父は、ふざけた顔で笑っていたが……。しかし、私は本気だった。この馬鹿な実験を終らせるには、それしか方法がない。 「……スパイにでもなるつもりか? お前がレノの思想に反発していることは、既にバレているんだ」  ……そう、だからレノは前回の実験で、一人目の私を強引に連れ去る手段を選んだわけだ。彼女がレノの思想に感銘し、自らレノに向かって行っていれば、「同級生硫酸殺人事件」も起こらなかった。 「レノの思想には共感できない。……だが、私には逃げ道がない。そうだろう? だから、大人しく実験体になってやると言っている。もう、春花に変な事件をそそのかせるのは止めろ」  父はまた、鼻で笑ってから、黙り込んだ。 「このままレノの手から逃れ続ける手段があったとしても、私はいずれ破綻する。私に組み込まれた遺伝子は、時限爆弾のように……私の神経系を冒しているのだろう? 過去の実験が失敗したのも、20代になった私が精神疾患を引き起こしたせいだと聞いている」  いつしか父は、私の話を真剣に聞いていた。 「私だって、そうなるのはゴメンだ。私の身体は私が研究して、解決策を探したい。そして、得られた情報をレノに提供する。……お互いに損は無いだろう? どうせ今回も、私に私の研究をさせる予定だったんじゃないのか?」 「……何を企んでいるのかは知らんが、レノのシステムは完璧だぞ。どんな形で告発しようが、誰に密告しようが、お前は適当にあしらわれるだけだ」 「そんなことは分かっている。何度も言わせるな。あんたも、馬鹿じゃないんだろう? 『改造人間』として産まれてきてしまった時点で、もう手遅れなのだ。逃げ道があるとは思っていない。それに、レノのシステムがそれだけ完璧だったら、私に何を喋ろうが問題ないはずだ。私が不審な行動をしたら、すぐにでも対処すればいい」  レノの組織がハッタリではないのなら、それくらい容易いはずだ。 「何をそんなに警戒している? ……言っておくが、過去の実験に失敗したのは、私を無理やり連れ出したりしたからだぞ。そのストレスが、脳機能の破綻を加速させた。……今回は、私自らが行ってやるって言っているのだから、尻込みする必要はない」  まるで腫れ物にでも触るかのように……。私がどこにも逃げられないことを一番良く理解しているのは、あんたじゃないのか。 「私の申し出を断るのであれば、帰りに駅のホームに飛び込んでもいいんだぞ。脅しじゃない。お前らはまた、馬鹿みたいにイチから実験をやり直すのか? おめでたい集団だな」  それを聞いた父は、フン……と、少し不機嫌そうな様子で呟いた。 「……いいだろう、お前をレノとして引き取ってやる。ただし、『限定メンバー』という制限付きだ」 「私が私の研究をできるのであれば、形式は構わない。……手始めに、私の身体に関してあんたが知っていることを教えて貰おう」  父は小馬鹿にしたように肩をすくませ、「俺に分かることならな」……とだけ言った。 「まず。私には、どんな遺伝子が……いくつ導入されている?」  私の問いを聞いて大きくため息を吐いた父は、分厚いファイルを棚から取りだす。 「……これが奏多の遺伝子マップだ」  そこには、私の染色体のどこにどんな遺伝子が挿入されたのかが、事細かに記されていた。 「奏多の中には、38種類の遺伝子が組み込まれている。詳細はそこにある通りだ」  38種類の遺伝子には、ほとんど全てに「改変による詳細な機能は不明」……と書かれていた。こんなのを見ても、得られるものはない。それにしても、38種類って……少し多すぎないか? 「その38種類の遺伝子のうち、どの遺伝子がどんな組み合わせで働いているのかは、未だに謎のままだ。ただし、その中に知能と関係のない遺伝子があることもまた、確かなんだが……」  そんな得体の知れないものを私に組み込み、一人の人間として誕生させたというのか。今さらだが、頭がイカレている。 「では、次の質問。この実験は、私でしか行われていないのか?」 「……どうしてそんなことを聞く?」 「このゲノム編集は、私以外の人間ではうまく行かなかった……そんな気がするからだ。だとすれば、それも研究のヒントになる」 「ふぅん、鋭いな。確かに、このゲノム編集が成功したのは、今のところお前が産まれた受精卵だけだ。数百種類の受精卵を使って実験されたのだが、ほとんどは流産。無事に産まれても、寿命は10代に届かなかった。どうも、ミトコンドリアDNAの関与があるらしい」  ……ただ……と、父は続けた。 「38種類全てを使わなければ、少なくとも人として産まれることはできるようだ。その場合は、多くのケースで芸術的なセンスの著しい発達が見られた。しかし、知能指数は向上しなかった上に、そのほとんどで神経系の異常が出てしまっている。……やはり、お前の受精卵と38種類の組み合わせが、今のところ一番いい」  ……思った通りだ。ゲノム編集の実験は、私以外でも行われていた。恐らく、『失敗作』の子供達は、『謎の難病』という扱いをされ、レノの実験など知る由もなくこの世を去っていったのだろう。 「他の実験体の場合、体外受精させた卵子を2細胞期に分離して、片方にゲノム編集を施した後に両方の割球を母胎に戻す、という方法がとられている。実験体と対照実験体は同じゲノムを持っているが、体細胞クローンではない。人工的に双子を作っているようなものだ」  ちなみに、体細胞クローンというのは……、核を除いた受精卵に、体細胞の核を移植して作成するクローンのことである。いわゆる、世間一般に認知されているクローンというのはコレだ。 「……つまり、世代を超えて作られている私と春花は、体細胞クローンだということか?」 「いや、違う。体細胞クローンは作成が難しいし、個体ごとのムラが大きいから実験には適さない。だからお前達も、双子と同じように卵割を利用して作られた。お前らの場合、予定運命が決定しないように分裂回数をリセットさせながら、受精卵を四回分裂させて16個にした。これを液体窒素でストックしていて、必要なときに母胎に着床させ、ヒトとして産み出している。こうやって作り出したクローンは体細胞クローンと違って、ムラが全くなく奇形も生じない。極めて優秀な実験材料と言える」  嬉しそうに言いやがって……。我々をなんだと思っている。それでは、私と春花は、合わせて16人も産まれうるということではないか。これが二回目の実験なら、そのうちの四個が既に人になっている。ペアで産み出すとしても、実験はあと六回も出来るのだ。  ……そんなにされてたまるか。今回で実験は終了させるのだ。もし仮に、三回目の実験へ移行することになれば……春花が消されてしまう。彼女はクローンかもしれないが、私にとっての春花は春花しかいない。そして、三人目以降は作らせない。 「……わかった、もういい。すぐにでも、レノへ加入する手配を進めて欲しい。なるべく早く」  春花は私の本来の姿だ。だから、彼女さえまともな人生を歩んでくれればいい。こんな、人工的に改造された身体に未練もない。……春花は強いから、私がいなくなっても大丈夫だろう。だからもう、春花に私は必要ない。 「……お前を研究できる設備が揃っているのは、ルシワナ連邦だ。レノに加入したら、お前は国籍を捨ててそこへ行くことになる。恐らく、もう日本には戻れない」 「……あぁ、別にそれで構わない」  全て想定の範疇だ。私は私の全てを明らかにした上で、決着をつける。春花の未来のためにも。彼女はもう用済みだから、私がレノに行ってしまえば、事件に巻き込まれることはないだろう。  春花、すなまい……。お前を置いていなくなる無責任な姉を、どうか許して欲しい……。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加