佐倉奏多①

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佐倉奏多①

 最近、妹が一緒にお風呂へ入ってくれなくなった。  確かに私はもう中一だし、一つ下の妹も小六。いくら姉妹とは言え、一緒に入る歳ではないのかもしれない。  それでも、なんとなく恥ずかしくなってきて、だんだんと入らなくなっていくのなら分かる。だけど、妹のそれは違った。  ある日突然、急に入ってくれなくなったのだ。  私は、妹のことが大好きだ。溺愛していると言ってもいい。私と妹は双子ではないけれど、容姿は双子のように似ていた。鼻筋は通っているし、目はくりっと大きくて、どこかハーフのような雰囲気があるその顔は、女の私から見ても美形だと分かる。自分もそんな顔をしているはずなのに、妹のほうが可愛くて、人形のように見えた。そんな妹を抱きしめるのが、ささやかな楽しみの一つなのだ。  だから私は、計り知れないショックを受けた。だって突然、「今日からお姉ちゃんとは入らない!」と宣言されたのだ。年頃の娘が父に向かって言うような台詞を、同性の、しかも一つしか歳の違わない私に対して浴びせてきたのである。  この間なんて、妹の10歳の誕生日に「ちょうど大人の半分記念」として買ってあげたTシャツが、泥だらけになってこっそり捨てられていた。妹の返事が怖くて、「どうして」なんてとても聞けない。  これには私だってヘコんだ。ヘコみすぎて、「心理学」をその後の数日で完全にマスターしてしまった。……妹の心理を知りたくて。  よくよく注意して観察すると、妹は様々な面で挙動不審だった。何気なく試してみたバウムテストからは「外的圧力」と「抑鬱」が主として読み取れ、PFスタディでは内罰的な傾向が見られた。  ……思うに妹は、何か「酷いこと」をされ、それを「自分のせい」だと思い込み、罪悪感から「事実を隠そうと」している。恐らく、私が聞き込みをしたところで彼女は何も語ってくれないだろう。  だけど、これだけ材料が揃えばさすがの私も勘づく。……たぶん妹は、学校でいじめに遭っている。  私は後ろめたい思いを押し殺して夜中に妹の部屋へ忍び込み、そっとパジャマをめくった。そして、思わず息を呑んだ。  ……妹の体は、酷いあざでいっぱいだったのだ。  お風呂を嫌がるようになった原因は、これか……。嫌われたわけではないと分かって安心したのもつかの間、どうにかしなければ妹が壊れてしまうという不安に押しつぶされそうになる。  私は色々と考えた。うまく尋問して、妹にぶっちゃけさせてしまおうかとも思った。……だけどそれで、この問題を根本的に解決できるのか。  私としては、妹が二度といじめられないよう、いじめっ子を完全に隔離したかった。あわよくば、その子達には別の学校へ転校していただこうと考えていた。  それには、材料収集が必要となる。下手に相談にのって、事を奥まった方へ押し込んでしまったら、それが難しくなるかもしれない。私は慎重になった。  あれだけ酷いあざが出来てるんだ、相当苛虐的な扱いを受けているに違いない。現場の映像を撮影できれば、強力な武器になるだろう。いじめっ子が「普段は優等生を演じるタイプ」であれば、その威力は倍増する。  周囲の非難が集中する形に事を運び、学校にいられないようにすればいい。過保護な親なら、すぐに転校させるはずだ。いじめっ子を生み出す親というのは、往々にして子に甘いのだから。  こうして作戦は決まったものの、その間に妹の様子も変わっていた。暗い表情が消え、全体的に雰囲気が明るくなったのだ。  ……どういうことだろう。いじめは……解決したのだろうか? 「おねぇ~ちゃ~ん!! 勉強教えて、勉強!!」 「なんだ、珍しいな。最近どうしようもなく暗かったのに、急にどうした?」 「べっつにィ~!! ただ、急に勉強したくなってきただけ~!!」 「なるほど……な」  最近恋愛心理学にも手をつけていたから、だいたい想像がついた。つまりは恋人かなんかが出来て、いじめ問題を解決してくれたということだ。どんなに情報を収集しても恋愛感情というものを理解できなかった私は、妹に先を越されて少し悔しくなった。  ……だけど、その小康状態は長く続かなかった。  所詮は小学生だ、色々なところでツメが甘かったのだろう。ある日を境に妹は再び元気をなくし、同時に外泊することが増えるようになった。電話で話す限り、どうも彼氏の家に泊まっているらしい。  これについては、あまりいい予感がしなかった。……25年前、似たような境遇に立たされていたある少女が、最終的にいじめっ子を殺してしまったことがあるからだ。  同級生硫酸殺人事件――。世間ではこう呼ばれている。 『犯人の少女は、相手のちょっとしたちょっかいをいじめだと勘違いし、その該当生徒3人を放課後学校の裏庭に呼び出した後に顔面に硫酸をかけ、全身をナイフでメッタ刺しにした。事件の前日、問題の少女は友達の家に外泊していたとの証言があるが、関連性は明らかにされていない』  まさか妹がこんなことをするとは思えないが、いじめについて情報収集をしていた際に偶然この事件を知った私は、念のためその詳細を調査していた。  恐らく、子供二人の力ではどうにもならなくなったその少女と恋人は、いじめっ子を殺すしか道はないと判断したのだろう。外泊中に準備を進め、実行したに違いない。どうして警察がそこを詳しく調査しなかったのかは謎であるが。  もちろん、その事件と妹は何の関係もない。あれは、25年も前に赤の他人が起こした事件だ。妹が彼氏の家で殺人の計画を立てているなんて、万に一もない。そう、信じたかったのだけど……  私は、素直にそうは思えなかった。要因は二つある。  一つは、この事件には腑に落ちない点が多くあること。先の「外泊についてほとんど調査が入らなかった」という点もそうだが、どうも問題の少女を「必要以上に悪人に仕立て上げている」という風潮が、当時のマスコミにはあったようなのだ。  そしてそのせいで、その少女の姉は自殺に追い込まれている。さすがに、これは許されないことじゃないのか。しかし当時の社会は、この「第二の事件」をほとんど問題視していなかった。さも、「姉の自殺は当然の報い」とでも言わんばかりのように。  犯罪者なら、何がどうなっても構わないということだろうか。そもそも、姉にはなんの罪もない。  考えすぎかもしれないが、この事件にはなにか裏があるような気がする……。そう思い始めた頃、私は現実的にあり得ない、とある画像を見つけてしまった。これが、妹と事件を結びつける二つ目の要因。 「……どういうことだ?」  私は、その画像に対して適当な解釈を加えることが出来なかった。  ただその画像は、私に言いようのない胸騒ぎを催させる。もしかして、このまま放置していたら妹は……!!  私は焦った。われながら、こんな都市伝説のような話に焦らされるとは思っていなかった。根拠も、理屈もない。ただただ胸騒ぎがする、それだけのことなのに。  簡単な構造の発信器を作成し、妹の髪飾りに仕込む。スマホとリンクさせ、妹の位置をいつでも追跡できるようにした。明日は月曜日だけど、学校は休もう。そもそも、私に学校は必要ない。 「なんなんだよテェメは!! まだトモキと繋がってたのかよ!? 嫌われろっつっただろーが雌豚!!」  妹の小学校に忍び込み、妹の行動をストーカーのように追っていた私の耳に、そんな怒鳴り声が届いた。荒っぽい言葉遣いだけど、声の主は女子のようだ。場所は学校の裏庭で、もちろん妹もいた。私は近くの茂みに身を隠し、そっとスマホの録画機能をオンにする。 「なんとか言えよ、黙ってんじゃねーよ!!」  ガスン、と妹の顔に膝蹴りが炸裂し、バタバタと鼻血がこぼれた。私は反射的に目を伏せ、でも心を殺して撮影を続けた。 「もう……やめて。ゆるして……」 「止めてやるよ。あたしのお願いを聞いてくれたらね」 「おね……がい……?」  そう言いながら、おもむろにカッターを取り出すいじめっ子。私はいつでも飛び出せるように、体勢を整えた。 「今ここで自殺しろよ」  カッターを妹の前に放り投げたいじめっ子は、ためらう様子もなくそう言い放った。……もう、限界だ。撮影もこれで十分だろう。 「ボロボロ泣いてないで、さっさと死……」 「殺してあげようか? 私が、あなたを」  私は、いじめっ子の背後からそう声をかけた。 「……は?」 「なんてね。私の妹は君のサンドバックではないのだが……」 「妹……? あんた何を言って……」 「あぁ、自己紹介がまだだったね。初めまして。春花の姉の佐倉奏多です。以後お見知りおきを」 「お……お姉ちゃん……!? なんで……!? どうして!?」 「……春花にはあとで話がある。それより君。妹にずいぶん酷いことをして……」  私の言葉を最後まで聞き切る前に、彼女が殴りかかってきた。仕方ないので拳を受け止め、手首を軽くひねってやる。バカ相手の喧嘩に、力はそれほど必要ない。 「抵抗しても無駄だ。私は人体の構造を完全に把握している。君に勝ち目はない。それと、君の愚行は撮影させて頂いた。悪いが、転校しなければならなくなる程度に追い詰めさせていただく」  私は、悔しそうに唇を噛みしめるいじめっ子の瞳を、まっすぐに見つめた。どうあがこうがもう保身はできない。……そう、気づかせてやるために。  全てが解決してから、私は妹を叱った。これからは何があってもすぐ私に相談するようにと、釘を刺しておいた。  ……そして、念のため聞いておいた。あのいじめっ子を……殺すつもりだったのかどうか。妹の答えは……  イエス、だった。  この瞬間、私の全身に鳥肌が立った。そして同時に、ある確信が生まれた。不可解な画像、そして複数の共通点……。25年前のあの事件と、今回私の妹が巻き込まれたいじめには、何らかのつながりがある。  ……ただしこの時点で、私にそれ以上の推理はできなかった。
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