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佐倉奏多②
春花のいじめを解決した後も、私の心にはずっとモヤモヤが残っていた。まだ何か、解決しなければいけないことがあるんじゃないか。……そんな思いが拭えなかったのだ。
その原因の一つとなっていたのが、ネット上で発見した例の不可解な画像。
「春花、これ……誰だと思う?」
私は、リビングの片隅にあるデスクトップ型PCの前に妹を呼び、ディスプレイに映るそれを、彼女に見せてみた。
「……えっ? お姉ちゃん……じゃないの?」
私が予想した通りの回答をする妹。……そう、この画像「だけ」を見れば、それは何の変哲もない私の写真。おかしなところなどどこにもない。問題は……
「そう思うよな。だけどこの画像が撮影されたのは、今から25年も前のことなんだ」
……この写真が撮影された時期が、私の産まれるずっと前であるということ。なぜそう判断できるのか、それは……。ここに映っている彼女こそ、『同級生硫酸殺人事件』のあおりで自殺した、あの姉その人だと書き込まれていたからだ。
この話が事実なら、『同級生硫酸殺人事件』の犯人の姉は、私と全く同じ顔をしていたということになる。そこまでを妹に話すと、彼女は目を点にして固まってしまった。
「……どういう……こと?」
「私にもわからない。色々と調べてはいるんだが……」
実はこの画像、ネット上では閲覧できなくなっている。私が発見した直後に削除されたらしい。そしてその後、どんなに他のサイトを探して回っても、同じ画像を見つけることはできなかった。
犯人の少女に至っては、非常に何種類も画像が出回っていて、どれが本物なのか判定出来そうにない。それなのに、彼女の名前が「相澤悠奈」だということは、なぜか知れ渡っている。
……確かに、未成年に関しては少年法による保護があるから、犯人の顔が特定できないという点において不思議はないのだが……。
「……おかしいんだよなぁ」
「……おかしい? なんで?」
「例えば、この広島連続殺傷事件の犯人。彼も犯行当時は未成年で、少年法の範疇に入るわけだが……」
パチパチとキーボードを叩き、エンターキーを押す私。
「ご覧の通り、検索すると簡単に当時の写真が見つかる。だいたい、ネットに一旦情報が流出してしまえば完全削除なんてできっこないわけだし、どんな事件にだって当事者はいるのだから、犯人の顔がいつまでも特定されないのは不自然だろう。少なくとも、悠奈という名前を流出させた人間は、彼女の顔を知っていたはずだ」
妹はよく分からなそうな顔をしていたが、話を続けた。
「つまりだ。犯人の写真がアップロードされるたびに、誰かが削除していることになる。その上で無関係な少女の画像を犯人としてばらまき、わざと情報を錯綜させている可能性が高い」
「んー……。それって、政府がやってるってこと?」
妹の質問に、私は小さく首を横に振った。
「違うと思う。少年犯罪の場合、犯人の顔に関しては誰もが興味津々になるだろ? 画像がアップされれば瞬く間に広まるだろうから、よっぽど丁寧にネットを見張っていなければ拡散を防ぐのは無理だ。政府がそこまでやるわけないし、なによりどうして他の少年犯罪の写真は放置されたままなのか、そこの説明がつかない」
「言われてみれば……。じゃあ、犯人の顔を知られたくない誰かがいて、必死に隠そうとしてるとか……?」
私は静かに頷いた。もう、それくらいしか考えられることがない。
「しかも、かなり大規模な組織がかかわってる気がするんだ。一人で24時間、なんの報酬もなしにネットを見張るなんて不可能だし、それに、削除のレベルが高すぎる。一枚くらい写真が出てきてもいいはずなのに……」
「……やっぱり、あのお姉ちゃんの写真も……その組織に削除されたのかな……?」
「恐らくな。多分、たまたまアップロードされた直後に私が発見して、その後すぐに削除されたんだろう。奇跡的なタイミングだったのかもしれない」
そう言いながら、私はダウンロードしておいた例の画像をもう一度クリックした。そこに映っているのは、紛うことなき私。
「……少年法で守られる範疇にはないはずの姉まで、なぜ流出を防がなきゃいけなかったのか。肖像権とかプライバシー保護にしては、ちょっと行きすぎだし。すると、私の画像が出回ることでなにか不都合があったとしか考えられない。もしかしたら……」
私は妹の顔を見た。真剣な表情で。
「姉が私と同じ顔をしているように、その妹っていう相澤悠奈も、春花と同じ顔をしているのかもしれない。もしそうなら、姉妹揃って同じ顔だということになる」
妹は目を丸くして黙り込んだ。私だって、そんなことは認めたくない。だけど現に……
妹は、春花は。あのいじめっ子達を殺そうとしていたではないか。
「……あのままいじめが続いてたら、あたしも……裕佳梨たちを……殺してたんだよね、きっと……。悠奈って人と同じように」
ぼそりと呟かれたその声に振り向くと、ボロボロと涙を流しながら俯く妹の姿があった。……ここで初めて、失敗したことに気づく私。ただの勘なのに、ただの推測なのに、何を断言しているんだ私は。
「……そんなこと考えるのはやめよう」
私はディスプレイの電源を落として、微笑みながらそう言った。
「もし相澤悠奈が春花と同じ顔をしていたんだとしても、犯人と春花は、やっぱり別の人間だ。この事件にどんな事情があるのかはまだわからないが、春花は春花、犯人は犯人。自分と重ねて罪悪感を被る必要はない。春花は誰も殺してないんだからな。そうだろう」
「……うん。そう……だね」
「それに、いじめはなくなったんだ。春花はすでに新しい人生を歩み出している。誰も殺さないし、私も自殺したりしない。だから、犯人と自分を重ねることは今後禁止だ。わかったな?」
妹の髪の毛をくしゃくしゃ撫でながら、私は席を立った。
「とりあえず、この続きは私に任せてくれ。春花は何も考えずに学校生活を楽しめばいい。小学校……あと四ヶ月で卒業だろ?」
「……うん」
ゴシゴシと涙を拭きながら、妹は続けた。
「……お姉ちゃんは、どんな作戦を考えてるの?」
「そうだな……、とりあえず『同級生硫酸殺人事件』の犯人だという相澤悠奈に、接触してみようと思ってる」
涙に濡れたまん丸な目で、私を見つめ返してくる妹。
「そんなこと……できるの?」
「不可能ではないはずだ。この事件が起きたのは25年前。で、その当時犯人は12歳。……ってことは、今彼女は37歳。まず、存命していると考えて間違いない」
十中八九、名前は変えていると思うが。
「確かに……そうだけど」
「犯人と接触できれば、色々なことがわかるはずだ。今私が考えている仮説も……正しいかどうか検証できる。……彼女が協力してくれればの話だが……」
「仮説……って?」
「確証がない以上、それはまだ話せない。とにかく、春花は気にするな。さて、明日も学校だし、もうこの辺で止めておこう。また何か分かったら伝える。今日はその……あれだ、えーと……」
そして、頬をポリポリと掻きながら、私は恐る恐る尋ねた。
「……お風呂でも……入るか。……一緒に」
「……うん!」
妹の返事を聞いて、ほっと胸をなで下ろす私。たぶん、満面の笑みを浮かべていたと思う。次の瞬間には、妹を思いきり抱きしめていた。
……まったく。やっぱり私は、妹のことが大好きだ。
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