山崎昇平③

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山崎昇平③

 週末、僕は駅前にある喫茶店の入り口で、春花さんを待っていた。 「たまには外で食事でもしない? 鯛焼きばっかじゃ飽きるでしょ」  そう言って僕を誘ってきたのは春花さんの方なのに、約束の時間を過ぎても姿が見えない。田舎に毛が生えたようなこの町は人通りが少ないので、一人で立っていると意外に目立つんだ。道行く人に一瞥されながらも立ち続けるのは、それなりに苦行だと思う。  もしかして騙されたんじゃ……なんて考えが頭を過ぎりだした頃、彼女はようやく現れた。 「ごめん、待った!?」 「待ったってもんじゃないよ。バイトの時は時間通りに行っても怒るくせに、僕との約束は平気で20分も遅れてくるんだね」 「バイトとプライベートは分けて考えてるから!」 「それ、なんか捉え方間違ってない? 僕との約束なんてどうでもいいんでしょ」 「そんなひねくれないでよー! さ、中入ろう!」  バイトを始めてかれこれ一ヶ月。最初こそ彼女の容姿や「母さんと同じ顔をしている」ってところに惹かれてドキドキしていたけど、彼女の性格を知れば知るほど、そんな気持ちも萎えていった。  とにかくマイペースで、男は自分の思うように動くものだと勝手に勘違いしている。まぁ、見た目「だけ」はいいから、「彼女のためなら何でもする!」って男子が過去にたくさんいたんだろうね。そんな中で生きていれば、こうなるのも無理ないか……。 「えっとぉ、どうしよっかなー。この『豪華絢爛パフェ』とかにしちゃう!?」 「別に好きなもの頼めば? そのかわり、会計は別々にしてね」 「えっ、奢ってくれないの!?」 「なんで奢らなくちゃいけないんだよ!! 君から誘ってきた上に遅刻までしておいて! 一円も奢らないから!」 「うわー、けちんぼだわー」 「なんて言われようが奢らない! 生活だって楽じゃないんだ!」  生活保護の受給があるとはいえ、僕の暮らしは毎日がカツカツだ。貴重なバイト代を、彼女でもない女性に使う事なんてできない。 「あー、そういえばショウ、独り暮らしなんだっけ」 「そうだよ。前も言ったじゃん」 「親の仕送りとかもないの? 高校生なのにそれってキツくない?」 「親がいれば、実家から通ってるっつーの……」  僕は少しイライラしながら、店員呼び出しボタンを押した。 「……親、いないの?」 「いないよ! ほら、店員来るからそろそろ注文するもの決めて! 僕はレモンティーでいいから。春花さんは豪華絢爛パフェ?」 「……一緒に食べようよ、パフェ」 「だから、僕はお金が……」 「あたし、奢るよ。だから一緒に食べよう?」  すぐに言い返そうとして、言葉に詰まる僕。……そうやって突然態度を変えられると、本当に困る。 「なんだよ、知った途端急に……。他人から哀れがられるの、一番嫌いなんだ。僕は僕で充実した人生を送ってるんだから、余計な気遣いはいらない」 「気遣いとか、そういうんじゃなくて。ただのあたしの我が儘。今日はたまたま、君とパフェを食べたい気分……ってだけ。あたしの自分勝手を、気遣いと勘違いしないで欲しい」 「何だよそれ……」 「いいよね? 付き合ってよ。……あたし、結構楽しみにしてたんだよ? 今日のデート」 「デートの……つもりだったの?」  今になって気づいたけど、たぶん彼女……相当気合い入れてオシャレしてきている。髪は高校生らしからぬフワユルセットだし、化粧も決まっていてネイルも完璧。フリルのついた可愛いスカートと薄いピンク色の上着も、彼女の容姿を引き立てている。いつもバイトで見る彼女とだいぶ違うことは確かだ。  彼女が遅刻してきたことに苛立って、そこに触れてあげられなかった僕も、なかなか酷い男なのかもしれない。……というか、恐らく遅刻してきた原因はこれだ。僕にいい姿を見せようとして、色々と準備していたに違いない。  なのに僕は、最初からずっと、冷たい態度ばかり……。それに不満を漏らすこともなく、健気に笑って僕と話をしてくれた彼女が、急に可愛そうに思えてきた。 「……なんかごめん、さっきから怒ってばっかりで」 「別に気にしてないからへーき! あの、すみません、豪華絢爛パフェを二つお願いします!」  結局彼女は、やってきた店員にパフェを二つ注文してしまった。そうして、僕の方へ向き直りながらはにかむ。 「あたしねー、中一のとき心に誓ったんだ。……罵倒されても、相手にされなくても、いじめられても、気にしないで笑い続ける。落ち込まない、ヘコまない。……泣かない。……って」  僕の顔をその目で捉えたまま、春花さんは続けた。 「なんとなく分かってるよ。ショウ、あたしのこと嫌いでしょ。あたし、傍若無人だからね」 「別に、嫌い……ってわけじゃ……。……じゃあどうして、ここまで僕に構ってくるわけ? 彼氏だっているんでしょ?」  彼女なら、男に苦労することはないだろうに。嫌われてる自覚のある僕に、わざわざ付きまとう理由はなんだ? 「あぁ、彼氏とは結構前に別れちゃった。こんな性格だから、長続きしなくてさ。ショウに構ってるのは……なんだろうね、あたしにここまで冷たい態度とる男が初めてだったから、かな? 突き放されると燃えるタイプなのかも」 「……なにそれ。ヘンなの」  彼女の回答になぜか少し安心して、ふっと笑みがこぼれる。 「それと、もう一つ。……初めて会ったときから思ってたんだけど、ショウって……姉さんと似てるんだよね、顔の作りとかが」 「……姉さん……?」  僕は当惑しながら、聞き返した。春花さんにお姉さんがいたなんて、そんな話が出てきたことは一度もなかったからだ。 「うん。あたしね、姉さんがいるの。ワケがあって、今はもう、あたしと一緒には住んでないんだけど。……もしかしたら、もう二度と……会えないかもしれない」  二度と会えない……。その言葉が、僕に重くのしかかる。春花さんにそんな辛い過去があったなんて、僕は全く知らなかった。 「姉さんがいなくなったら、すごく寂しくて、辛くて。でも、姉さんに心配はかけたくなかった。一人で平気なところを見せて、安心させたかった」 「……そっか、だから誓ったんだ。……ずっと笑い続けるって」  微笑みながら、無言で頷く春花さん。 「その通り。……だけど寂しくてさ。気持ちを紛らわせるために、いろんな男と付き合った。気がついたら、こんな人間になってて」  はぁと、小さなため息を挟んでから、彼女は続ける。 「心のどこかで、悲劇のヒロインに酔ってたんだね。……ショウなんて、あたしよりもずっと辛い思いをしてきたのに。今まで……気が使えなくてごめん」 「……別に、辛くなんかないよ。父さんは僕が産まれる前に心筋症で死んだし、母さんだって……物心ついた頃にはもう、いなかったんだから。春花さんと違って、誰かと別れる辛さを経験したことはない」  そのとき、僕はふと気づいた。母さんと春花さんが同じ顔をしているという話を、未だにしていなかったということに。 「……もし、母さんとしばらく一緒に暮らしていて、その後で別れることになったら……。今よりもずっと、辛かったと思う。……春花さんと一緒にいると、その気持ちが余計に強くなる」 「……あたしと一緒にいると? どうして?」  僕は、覚悟を決めてその言葉を吐き出した。 「僕の母さんは、春花さんと……瓜二つだから。……信じられないかもしれないけど、母さんと春花さんは、同じ顔をしてるんだ」  言ってしまった。こんなにも馬鹿げたことを、真剣な顔で。笑われるか、馬鹿にされるか。どっちなのだろうと春花さんを見ると…… 「……うそでしょ?」  彼女は目を見開いて、心の底から驚いたような顔で固まっていた。僕の話を「疑っている」という気配がまるでない。信じたのだろうか。こんなあり得ない話を……。 「ホント……っていうか、この話信じるの?」 「……もしそうなら、あなたは……。相澤悠奈の……」 「相澤悠奈……? 誰それ……。って、春花さん? 聞いてる?」  春花さんは、固まった表情のまま、うわごとのようにブツブツ言っている。何がどうなっているのか、サッパリ分からない。 「春花さんっ! 急にどうしたの!?」 「ねぇ、ショウのお母さんって、誰かに……殺されたんじゃないよね!?」  今度は、僕が驚いて固まる番だった。 「な……なんで……? なんでその話を知って……」 「やっぱりっ……!! あたし……ショウのこと好きなのに、どうしてこうなるの!? やっと一途に愛せそうな人……見つけて……」 「ちょっと、さっきから何言ってるんだか分からないよ! 僕のことが好き!? 突然そんなこと言われ……」 「あたしの姉さんはっ!!」  僕の台詞と打ち切るように、春花さんは、言った。 「……人造人間……なんだよ」  その瞬間。僕は……何もかもが理解できなくなった。
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