佐倉奏多③

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佐倉奏多③

 25年前に起きた、同級生硫酸殺人事件――。  この事件と私たちとの間に、何か関係があるとしたら……。これについて私は、「妹と私は人工的に生み出されたクローンであり、時を超えて何度もこの世に生を受けている」という、荒唐無稽な仮説を立てていた。  この仮説を証明することは簡単にできる。つまり、同級生硫酸殺人事件の犯人……相澤悠奈と接触して、DNA鑑定を行えばいいのだ。  彼女の遺伝子が、春花と「完全に一致」すれば、二人は人為的クローンであったことが確定する。さすがに、「全く同じ遺伝子を持った人間」が、「世代を超えて」かつ「自然に」誕生するなんてあり得ない。  しかし、証明できたとして、その目的は一体なんだ? どこかの研究施設に詰め込まれているわけでもなく、こうして日常生活を送っている私や春花に、「作成者」は何を求めている?  ……そんなことを考えながら2ヶ月以上様々な調査を続けていた私は、ついにある一人の警察官に辿り着いた。その名を、高嶋衛という。私は彼にアポイントをとり、直接話す機会を得ることが出来た。  彼は、犯人の相澤悠奈とかなり濃厚に接触していたらしい。自殺した彼女の姉とは同級生で、深い親交があったそうだ。 「初めまして。佐倉奏多です。まずはあなたに、感謝申し上げたい」  彼とは、駅前の喫茶店で待ち合わせをした。彼の住まいはこの辺ではないのだが、私に気を遣ってわざわざここまで来てくれたのだ。 「……久しぶりだな。……っていうのもおかしいか。初めまして。俺が高嶋衛です。さて、立ち話も難だから、中に入ろう」  彼は私の顔を見て微笑んだ。店に入り、窓際にあるカウンター席に着く私たち。「何か飲みたいものは?」という彼の問いに「特にない」と答えると、彼はレモンティーを二つ注文した。 「ふぅ……。じゃあ、話すか……。……にしても、何から話せばいいのやら……。……そうだな、まず……」  高嶋さんは腕を組んで、小さくため息を吐く。 「……人類は、世界平和を達成できると思うか?」  唐突に投げかけられた想定外の質問に、戸惑ってしまった。だけど恐らく、これから話すことと何か関係があるのだろう。ちなみに、この問いは既に経験済みで、私は確たる答えを持っていた。昔父がよく言っていたのだ、戦争だの平和だのと……。 「平和は続かない。人は……動物を捨て切れていないから。理性では平和を望んでいるのだろうが、動物的な野心は争いを望んでいる。人というのは、究極の二択を迫られたとき、動物的な判断をしてしまうようにできている。従って、世界平和は実現できない」  人は判断に迫られると理性を失う。法律や決まりが無ければこの世が成り立たないことは明らかで、恒久的な平和を保つことなど絶対に不可能。春花が巻き込まれたいじめは、それを物語っている。 「……予想通りの答えだな。だけど、どうしても平和を保ちたかったら、どうすればいいと思う?」 「……人が人である限り、無理だろう。人よりも文明の進んだ宇宙人にでもお願いして、管理してもらえるというのなら話は別だが……」  私は皮肉をたっぷりと込めてそう言った。人が人を管理している今の状況では、平和など薬物を打って感じるような一瞬の幸せなんかと同等だ。ソレは儚く消え、それ以上の苦しみがいずれやってくる。 「……人類が既に、管理されているとしたら?」  私の答えに対して、高嶋さんはそう返してきた。 「……何にだ? 人が人を管理することはできないぞ。小学生が小学生を管理できないのと同じだ。大人なら小学生を管理することはできるだろうが、それは知能に大きな差があってのこと。しかし、人の知能は無限に増えていくわけではない。大人になれば平均的な知能の差は消滅する。知能の差がなければ、人は争う」  不完全な理論をお互いに完璧だと押しつけ合い、平行線に乗り上げた挙げ句、最終的には武力行使へと辿り着く。この繰り返しだ。 「まったく、『あいつと同じで』相変わらず言い方がキツイな。……とにかくだ。今君が言ったことを逆に捉えると、『知能に差があれば人は人を管理できる』ってことになる。そうだろ? ……そして、あるんだよ、そういう組織が」  ……どういうことだ? 今、地球上で一番知能が高い生命は人間のはず。それを上回る知能なんて有り得ない。 「血と争いの歴史を歩み続けてきた人類が、どうしてここにきて一部でも平和を保てるようになってきたのか。不思議だと感じないか? 君だって、平和は保てないと思っているんだろ?」 「……人類もバカではない。かつての過ちから学んだことを、ある程度は生かしている。……ただそれも、長くは続かないだろうな」 「そう、人類は過ちから学び、ある組織を生み出した。その組織の名はレノ。『革命』を意味するラテン語、Res novaeに由来しているらしい。もちろんこの組織も人から成っているわけだけど、全員知能指数が百四十を超えている、超頭脳集団だ」 「…………。結局は人なんじゃないか」  どんな宇宙人が出てくるのかと期待していた私は、落胆した。 「まぁ、聞け。この組織は、どこかに本拠地を置いているわけではない。レノに所属する人間は、あらゆる国のあらゆる人種から構成されていて、全世界に均等に分布している。そして、その存在に誰も気づいていない」  突拍子もない話に、訝しんだ目で彼を見つめる私。 「ヤツらは本当にどこにでもいて、ごく普通に生活しているんだ。学校、病院、大学、その国の首脳部に至るまで。そして、裏で一つの巨大なネットワークを形成し、人類を管理している。各国が機密情報だと思い込んでいることも、レノを通して共有されていて、それを元に世界を導いているらしい。我々が手にしているこの平和は、レノによってもたらされたものなんだ」  なんとも答えようがなかった。そんなこと、言ったもの勝ちではないか。……確かめようがないのだから。現実社会と矛盾さえしなければ、どうとだって言える。 「納得してないな。まぁ、そうだろう。俺だってそうだった。しかし……この話は嘘じゃない。君『達』の存在が、なによりもの証拠だ」  高嶋さんはそう言って、一枚の古い写真を差し出してきた。そこには、中学生くらいの女子が、満面の笑みを浮かべて写っている。その顔は…… 「君と同じ顔をしてるだろ、その女の子」  ……私と完全に同じだった。 「……でだ。ここからの話は、かなり重いものになる。まず絶対に、聞かない方がいいと思うのだが……」 「差し詰め、私はレノに作られた人間……ってところか? ためらう必要はない、全て話してくれ。それを聞くためにここに来たんだ」  私が作られた人間だという覚悟など、はなから出来ている。知りたいのは、その「目的」だ。 「……では、結論から言おう。君は、ゲノム編集によって産み出された改造人間だ」  ゲノム編集……? そんな馬鹿な。それはつい最近脚光を浴び始めたばかりの新技術であるはず……。クローンと違って歴史も浅い。……人に応用なんて出来るはずが…… 「俺も信じられなかった。レノが本格的に動き出したのは第二次世界大戦後かららしいが、その頃には既に……ゲノム編集の技術を持っていたらしい。そして君は、『2人目』の実験体にあたる。一人目は、今渡した写真に写っているその子だ」  そんなに昔から、レノはゲノム編集の技術を持っていたのか……? どれほどレノの技術は進んでいるんだ? 知能指数百四十の頭脳集団というのは、ダテではないらしい。 「レノは、『確実に人間を管理する』ために、知能指数を向上させるための研究を続けている。そして、知能に影響を与える可能性のあるいくつかの遺伝子を見つけ出した。でも、そのうちのどれが知能に関与するのかを同定できなかったらしい。だからレノは、可能性のある遺伝子『全て』を、一つの受精卵に組み込んだ」  2回とも同じ受精卵を使って実験をしたのは、過去のデータを参考にできるからだろう。そこには納得できる。レノは大量のクローン受精卵をストックしているに違いない。……だとしても。 「どうしてまた実験が繰り返されたんだ? そんな実験、一回やれば十分だろう?」 「……それは、前回の実験が失敗したからだ」  ……確かに、「一人目の私」は事件のせいで自殺してしまった。それを失敗と判断するのはなんとなく分かるが……解せない。彼女は普通の人間として産まれ、支障なく生活していたはずだ。現に私だって問題なく生きているし、知能指数も高くなっている。この時点で、実験は成功したとみなせいないのか。 「一体どうなれば、実験が成功したことになる? 何を調べる必要があるのだ? 私はこの後、どうにかされるのか?」 「……俺はレノじゃないから、正直詳細はわからない。……しかし、君に導入された遺伝子には『余計な部分』がかなりある。その『余計な部分』が人体にどんな影響を与えているのか、レノは調べたいのかもしれない。そのためにレノは……」  そこまで言って、高嶋さんはハッとした表情になった。 「妹……、そう、君には妹がいるはずだ!!」 「……え? ……まさか、妹にもゲノム編集が施されているのか……!?」  私は青ざめた。自分のことなんてどうなっても構わないが、妹にこの事実は重すぎる。 「……いや。元となった受精卵は君も妹も一緒だが、妹にはゲノム編集がされていない。……妹は、君の対照実験体なんだ。だから、君と妹は必ずペアで産み出されている。今回もやはり、そうだったんだな。……つまり、君の妹も2人目……ということだ」  春花は対照実験体……。要するに、私と春花を比較して、春花に無くて私にあるものが、組み込んだ遺伝子の効果……ってことになる。 「その写真の彼女……つまり『最初の君』にも、妹がいた。恐らく……というか間違いなく、『最初の君の妹』と『今の君の妹』はクローン……つまり遺伝的には全く同じ人間だ」  話が繋がってきた。やはり、相澤悠奈は春花と同じ顔をしていたのだ。そして、2度目の実験を行うために、レノがネットを検閲し、写真を削除したのだろう。同じ顔の人間がいるとバレたら、面倒だろうからな。だとすれば……。もうだいたい想像はつくけれど……。 「『最初の私の妹』自身も、2回目のこの実験の前に削除……つまり、殺されたってことか?」  高嶋さんは静かに頷いた。……やはりか。相澤悠奈はすでに……レノに消されていたんだ。
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