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いろいろ痛い目を見たエスクード王子は、それなりに大人しくなったそうだ。仕事をまあまあキチンとやるようになり、例の既婚者の人ともなんだかんだで別れたらしい。
しかし仕事の用事のついでに僕のところへ来て、実体験を含めた卑猥な話を披露するようになった。
どうやら僕にはマウントを取りたいらしい。
そんじょそこらの童貞よりも濃厚なことを経験しているんだけど、僕は何も言わず黙って聞き流していた。
今日は修道院のご令嬢さんを引っかけた話を自慢げに語ってくれていた。
なんでも修道院では女の子同士の恋愛関係があるそうで、そこに割って入るのには技術と手段が必要だとかなんとか。
落ちた女の子にじっくり男の良さを教えてやっただとかどうのこうの。
制服でヤるのは本当に楽しいし興奮する、半脱ぎが一番いい、たまらない。
僕はそれを聞き流しながら適当に相づちを打ちながら、自分の仕事を片付けていた。
いついかなるときでも自信たっぷりで逆に尊敬する。
でもそろそろうるさい。
また僕の非処女いじりをはじめている。
そんなにそういう話がいいのなら、こちらから襲ってやろうかーーーーしかし身体を触りたくない。勘違いされても嫌だ。
黙っていればちょっと派手ではあるけれど、見た目はいいのにな、と僕は思う。強引なところがあるけれど、いつでも自信家なところは素直に尊敬できなくもない。
しかしいい加減うんざりしてきたので、僕はやりかえすことにした。
外から見えないように工房のカーテンを引いて薄闇を作った。色ガラスを散りばめたランプに次々に明かりを灯し、なんとなく夜の雰囲気を作り出す。
「…………そんなお話をされるのなら、非処女かどうか、確かめてみますか?」
僕はベルトを外しズボンを床に落とした。
半脱ぎがえろいと言っていたので、リクエストにお応えして上着を脱いだあとは、下のシャツは前を開けて半分脱いだだけにする。
「は!? あ、いや、ちょっ」
なんとなく気がついていたことがある。収穫祭ではじめて出会ったとき、エスクード王子は僕を欲しがった。それより前はリチャード様を欲しがっていたそうだ。
ローデヴェイク王子と男の趣味が近いのだろう。
いちいちいやらしい話を聞かせに僕に絡んでくるあたり、何かのアピールをしていると考えたわけだ。
「お確かめにならないんですか?」
それから、エスクード王子は人のものを欲しがる傾向がある。
「ーーーーコートス」
先程から表情を変えたエスクード王子が僕を引き寄せる。が、僕はその腕からスルリと抜け出した。
「でもエスクード王子では嫌です。僕はもっと大人で落ち着いた仕事のできる方が好みなんです」
それは暗にローデヴェイク王子を指している。
「その方は僕の扱いがとってもお上手なんですよ」
さてどう反応するか、と思った瞬間、エスクード王子は真っ赤になった。
「お、おま、お前っ」
「なんですか?」
「そのペンダントだよ!」
「こちらはいただき物です」
僕は指先でそれを撫でた。トップにはローデヴェイク王子の紋章が刻印されている。僕としてはお守りであり、大切なプレゼントなので常にこれだけは肌身離さずつけていた。
イングレス王子は最初に会ったときにすぐ見つけていたので、当然エスクード王子も知っていると思っていたんだけど…………
今気がついたの?
「そ、そんな関係なのか!?」
僕は黙った。かわりにエスクード王子を意味ありげに見つめてやった。
ものすごく焦っているみたいだ。挙動が怪しい。
散々僕を非処女だなんだと言っておきながらこの反応とはこれいかに。それに女の人との経験はあるんだから、そんなに慌てる程のことじゃなくない?
ウワーだとかアーだとか言いながら、エスクード王子は顔を覆っている。
「エスクード王子、僕はなんでも上手な人がいいんですーーーーあなたはそれになれますか?」
と、エスクード王子が突然動き、僕を床に押し倒した。
脱ぎかけのシャツを全開にして、そしてキスをしようとしてきたので、うっかり頬をひっぱたいてしまった。
あとに下がれなくなった僕はトドメを刺すことにした。
「…………今の話、聞いていらっしゃらなかったんですか。ヘタクソは嫌いです」
僕はエスクード王子を押し退けて起き上がった。
「僕はローデヴェイク王子のものです」
それからさっさと服を着てカーテンを開けた。
昼間の明るく白い光が暗かった部屋を満たす。
「お戻りください、エスクード王子。お話は終わりです」
「俺じゃダメなのか!?」
「ローデヴェイク王子の方が何もかも上です。精神的にも大人ですし、僕に対して嫌なお話はしないですし、聞かせようともしません。お仕事も真面目にこなされていますし、きちんと責任ある行動をなさいますーーーーでは、あなたは?」
「じゃあ、ローデヴェイク兄様を越えればお前は俺を認めて、ヤらせてくれるんだな」
「後半はお断りです」
「いつかお前から抱いて欲しいって言われる男になってやるよ…………!」
「言いません」
相変わらず話を聞かない。
「それまで我慢しろよ!」
「何をおっしゃっているんですか」
「いいか、絶対だぞ!」
エスクード王子はそう言い残して工房を出ていった。
僕はため息をついた。
ーーーー調合の続きをやろう。
あれからエスクード王子は熱意を持って仕事に打ち込むようになったそうだ。あと周囲にも気を配るようになり、文官さんたちや使用人さんたちはやりやすくなったらしい。
ついでにローデヴェイク王子に堂々宣言したそうだ。
お前を越えてやる、と。
なにがどうなったのか、エスクード王子の中で僕は囚われの姫になっているみたいだ。それを助け出す俺、というストーリーができあがっていて、それに向かって邁進しているらしい。
「確かにキツいことは言いましたが…………?」
どうしてこうなったのだろうと僕は首をひねった。
「あいつも意味がわからないやつだったようだな」
「仕事はちゃんとやるようになったので、私たちはエスクード王子の望むように、魔王でも演じましょうか」
リチャード様の言葉に、ローデヴェイク王子はニイと口の端を吊り上げた。
「俺に勝てるかな?」
二人は悪どい顔をしている。
なにはともあれ、エスクード王子が多少は矯正されたみたいなので良かったとしよう。
また何か絡んできたら返り討ちにする。
イングレス王子からもフロイトを守る。学校の転入手続きの書類をさも当然のことのように送ってきたけど、ローデヴェイク王子にも報告をして送り返してもらった。
手の早さに驚いたけど、これからもこの攻防は続くことだろう。
受けてたちます、イングレス王子。
僕は気合いを入れた。
急転直下、ローデヴェイク王子の結婚が決まった。
それはだいぶ暖かくなってきていた休日のことだった。
僕は遊びに来ていたフロイトに近づき、どこかへ連れ出そうとするイングレス王子を牽制していた。じゃあコートスを挟んで話をしたいと言われ、一歩も退かないので渋々中庭でお茶をすることにした。
リチャード様はローデヴェイク王子の姉エステレラ様のお嬢様に指名されて、遊び相手をしていた。絵本を読んであげたり、ダンスのレッスンに付き合っていたらしい。
そしてローデヴェイク王子は偶然、学生時代に出会った、さるご令嬢さんに再会していたそうだ。
彼女とは上級学校で夜な夜な遊びに出ていたころに、同じく夜に出歩いていたのを見つけて声をかけた。
聞けば上級学校からほど近い修道院に入れられている女学生で、修道院の中で修道女さんを含めた一大ハーレムを築き、その女王に君臨していると自己紹介された。
そして私の修道院の女学生には手を出すなとはっきり言われたそうだ。
面白いと思った王子はリチャード様と共にそれを約束し、かわりに彼女との友達付き合いを始めた。
彼女は女性の方が好きで、男とは付き合うつもりなんか微塵もないそうだ。みだりに触ろうとすれば素早くはたかれるので、王子もそういった相手には距離を取ることを覚えた。
リチャード様は女性が好きな彼女には興味がなく、特別近づいたりもしなかったそうだ。
ただ三人顔を合わせれば短い会話をする程度の仲を保ちながら、友人としての細い関係を続けていった。
男子校の上級学校とは制度が違い、女子校の修道院の方が卒業は早いらしい。そしてほとんどの貴族の令嬢はその後、在学中または産まれたときから決められている婚約者と結婚する流れになっているそうだ。
彼女もそうで、嫁ぐことになったと最後に言われたらしい。
そこで友人としての関係も終わったつもりだったーーーー
「…………レオノーラ?」
バルメイス城の廊下にその懐かしい彼女をローデヴェイク王子は見つけた。
女学生時代より大人びて美しくなっていたが、左手の薬指に指輪がないことに気づいた。
「お久しぶりです、ローデヴェイク王子」
向こうも再会に驚きつつ、お辞儀をする。
彼女はあれから結婚しなかったそうだ。
両親は家柄もよく見た目が中性的な細身の貴族の男性を連れてきたらしい。最初はそういう見た目なら抵抗はないと思っていたけれど、だんだんその女々しさに嫌気がさしてしまい、断ってしまったそうだ。
それから何人もの人とお見合いをしたがパッとせず、現在は両親に結婚を急かされている状態なんだという。
そんな日々に嫌気がさして親に内緒で『彼女』を作ったそうだ。熱心に逢瀬を重ねている最中で結婚の話にはうんざりしていた。
ローデヴェイク王子も周囲から結婚をせっつかれている立場で、しかし急ぐ気はあまりないと話しーーーー
ハッとして二人は見つめあった。
「きみだ」
「あなただわ」
そして、手を強く握りあった。
はた目には熱く燃え上がるように見えたのかもしれない。
「リチャード、コートス。彼女とーーーーレオノーラと結婚する」
夕方、話があると呼ばれた僕らに二人は笑顔で報告をした。
「学生時代にお会いしたレオノーラ様、ですよね? ご結婚は?」
「しなかったの。彼は無理だったから」
「利害が一致したんだ。レオノーラには彼女がいる。俺も変わらずやっていきたい。でも周りが結婚結婚うるさいーーーーならば取るべき手段がこれだ」
「お、お二人とも、それでいいんですか…………?」
結婚とは恋人同士がするものでは?
そういうのってアリなの?
考えが追い付かない僕は二人を見比べた。
「なんの問題もない」
実はレオノーラ様が家に戻り結婚をする前に、一回だけベッドを共にしたそうだ。
男とはどうやるのか体験しておきたかった、というのが理由だ。すでにその頃から婚約者にはなんとなく気が進まない感じがしていたらしい。そこらじゅうの女の子に手を出しているローデヴェイク王子に頼んで、講習会といった名目で男の身体を教えてもらった。ローデヴェイク王子は自分が思っていたような下品に貪るようなことはせず、最初から最後まで男は何を考え、どこを見ているかを説明しながら進めてくれた。それは参考になったし、知識として覚えておくことに損はないと判断した。
でもやっぱり婚約者とはそういう気は起きず、そもそも触られたくないしこの男の子供を産みたくないとさえ思ってしまった。そうなると会話をするのも会うのもイヤになり、長く揉めた末に破談を勝ち取った。
ローデヴェイク王子とはできるし、なよなよした女みたいな男より強い方がいいし、別に子供を産んでもいいと思えるそうだ。
そして『彼女』を侍女にして一緒に連れてくる予定でいるらしい。王子もそれを了承したので、こっそり会う必要がなくなる。
ローデヴェイク王子の医薬品も変わらず僕が担当していいそうだ。むしろ評判になっている化粧品を使いたいとも言ってくれた。
急に話がまとまり、僕はついていけない。
でもリチャード様はさくさく今後の話を王子たちとしている。
レオノーラ様たちの部屋割りから両親への挨拶から挙式の時期、指輪、招待客ーーーー
「コートス、そんな顔をしなくていい。レオノーラに決めたのは、これから愛していけると確信したからだ」
「私たちにはこういう関係がちょうどいいの」
心からの納得がいったわけじゃない。でも幸せそうな二人を見ていると、それでもいいような気がしてくる。無理に引き合わされた不本意な相手と添い遂げなくてはならないよりも、こちらの方がよさそうに見えた。少なくともお互いを尊重できている。
ーーーーだから、これでいいんだろう。
「わかりました。これからよろしくお願いいたします、レオノーラ様」
僕は微笑んだ。
レオノーラ様は、出会いがあるかもしれないからと父親に連れられて、渋々バルメイス城に来たそうだ。そのあと貴族の人とお見合いの席を用意するつもりだったらしい。
結婚の許可をもらいに来たローデヴェイク王子を見て最初は信じてくれなかった。しかしそれが本気だとわかったら、今度は倒れてしまい、慌てて僕が救護した。
それからマティアーシュ国王とサイアリーズ王妃の所へも挨拶に行き、突然の美男美女カップルの成立に城内は騒ぎになった。
速やかに晩餐の席が設けられ、それはそれは盛り上がった。
それからは挙式について一気に話が進み、たくさんの段取りとお祝いであっという間に時間が過ぎていった。
侍女としてお城に入ったレオノーラ様の彼女さんはファティマ様という名前だ。キリッとしたハンサム美人なレオノーラ様とは逆に、元気で明るくて親しみやすいひとだった。しかしファティマ様は女の人しか恋愛対象にならないそうで、誰もが振り向くリチャード様を見ても特になんとも思わないそうだ。
リチャード様もファティマ様はレオノーラ様の彼女であるというこで余計な接触はしない。一人の女性として距離を保ちつつ丁寧に扱うだけだ。
そして僕も交えて、お友だちのような気安さで付き合いがはじまった。
残念ながら、周囲が期待しているような更なるロマンスはない。
なにしろ、みんな好きな相手がすでにいるからだ。
ーーーーそして、挙式の日を迎えた。
「初夜はちゃんとこなしてくださいよ」
「それはそのつもりだよ」
結婚したら本気だすと言っている王子はまだ一度もレオノーラ様とベッドを共にしていない。僕らと寝たりしている。レオノーラ様もそうなので、『お世継ぎ』をリチャード様は少し心配しているようだった。
婚礼衣装に着替えて支度の整ったローデヴェイク王子は本当に素敵だった。さらにこれから大聖堂で盛大な式がある。僕もリチャード様も出席するので、さっき整えてもらったところだ。
「リチャード、予行練習しよう」
「はぁ? できるでしょう?」
ローデヴェイク王子はリチャード様を捕まえる。
「ちょっ…………衣装が乱れますから」
「だったら大人しくしなさい」
「…………あとで覚えてろ」
「初夜はお前としようか?」
「絶対お断りだよ」
二人の唇が重なる。舌を入れられてリチャード様がにらんでいるけど、ローデヴェイク王子は気にせずグッと腰を引き寄せる。
僕はそんな二人を見上げながら、ニコニコしていた。
だって、二人がそうしている姿がとても好きだからだ。
たぶんおそらく、レオノーラ様もファティマ様とおんなじことをしているんだろうなぁと僕は思う。
こういう結婚だけど、収まるところに収まったんじゃないかな。
ローデヴェイク王子とレオノーラ様は確かに利害が一致したから結婚を決めたんだけど、これまでの様子を見ているとちゃんと夫婦もできそうだ。確かに愛し合っているし、戦友のような信頼も感じられる。
これから先のことを考えるのが、楽しい。
「いい加減離れろ!」
リチャード様が怒鳴る。
「ええーまだ時間あるだろ? …………コートス、おいで」
「はい、ローデヴェイク王子」
「コートスは素直だなあ、リチャード?」
「重ねて言いますが、衣装を乱さないでくださいよ」
「わかってる」
僕は上を向いて、ローデヴェイク王子からのキスを受け入れる。
封印魔法はもういらない。継承者は僕で最後になるだろう。
だから、これからは新しい未来を作っていく。
一人の、魔法使いとして。
おわり
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