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やっと訪れたチャンスに、僕は少々の緊張と喜びを胸に、会議室のドアをノックする。 僕はこの魔法学園に幼い頃から入寮して、魔法を学んできた。といっても、数年前から授業で学ぶことがなくなり、最近ではもっぱら教師の補助か、自習をしている。両親に卒業希望の手紙を出してからは、学園の外の世界での生活についてもたくさん調べて、必要なものを揃えたりしていた。 成績優秀、品行方正、体力はまあまあだけど、持病もないし、健康だ。卒業したって十分やっていける自信がある。 ただ、最近は僕らがずっと消息が掴めなかった最大の敵、『魔女』が出現したらしく、両親はなかなか連絡をくれなかった。 でも、僕なら魔女にだって怯まず応戦できる。手紙には書かなかったけど、心強い味方もできて、向かうところ敵なしだ。 ーーーー何がなんでも、卒業を勝ち取ってここを出る。そうすれば、アレを忘れ去ることだってできるはず………… 僕は祈るような思いで、両親に再会した。 「久しぶり、父さん、母さん。来てくれてありがとう。内容は手紙に書いた通りなんだけど…………」 僕は両親の言葉を待った。 ーーーーしかし、僕の希望はあっさり消し去られた。 それを聞いた瞬間、うそだろ、と震える声で僕は呟いた。 目の前に座る両親は、そんな僕を冷静に見つめている。 卒業延期ーーーーそれは僕にとっての死刑宣告そのものだった。 「あなたもわかっていると思うけど、魔女が」 「わかってるよ! だからこそ僕は卒業したいんだ! 成績も技術だって、もう十分ある! 役に立つ、足なんか引っ張らない!」 母の言葉を遮り、僕は身を乗り出して、いかに自分が卒業に向けて準備してきたかを両親に訴えた。 「コートス、落ち着きなさい」 「何でだよ! なんで卒業延期なんだよ!」 僕は机を両手で叩いた。 しんと部屋が静まる。 「魔女が出現した、こんなときだからだ。お前が役に立つ? 笑わせるな」 父は椅子にもたれて足を組み、僕を睨む。 「…………じゃあ、見せてやるよ! 認めさせてやる!」 決戦の地は、学園から離れた場所にある、川のそばにした。ここなら、村は遠いし、普通の人は通りかかることもない。 見てろよ、何がなんでも卒業を勝ち取ってやる…………! 僕と父は、少し離れて向かい合わせに立った。父と戦うことを最後まで反対していた母は、心配そうに僕らの間あたりに待機する。ジャッジは母に任せた。 「で、お前の力とやらは?」 父は足を開き、ゆったりと腕を組んだ。 僕の力なんか、まったく期待していないぞーーーーそんな様子がありありと感じられて、僕はさらにイラついた。 すぐさま僕は、ありったけの力を込めて、攻撃魔法を放つ。 が、次の瞬間、父に届く前に大爆発を起こした。 「ほら、かかってこいよ」 舞い上がる土ぼこりのなか、腕を組んだスタイルのまま、笑っていた。僕の攻撃魔法を自分の攻撃魔法にぶち当てて無効化したみたいだ。 ーーーーあれは父がよく使う技。 僕は舌打ちした。 父は攻撃特化のやっかいな魔法使いだ。防御の魔法はあえて覚えず、なんでもかんでも力で捩じ伏せるのが、いつものやり方らしい。 怯むことなく、僕はさらに強い攻撃魔法を父に放つ。時間を空けずに、立て続けに、思い付く限りの、最大出力の攻撃魔法を繰り出す。 父は魔法の発動に呪文が必要になる。しかし僕は、どういうわけか、それがいらない。大陸全土探しても、恐らく僕だけなんだそうだ。自分でも不思議だが、小さな頃から、任意で魔法を発動出来る。種類は問わない。見たままをそのまま再現出来た。 それに魔力だって、学園のだれよりも強い。教師たちが手こずるような強力な魔法だっていくらでも発動できる。実戦経験はないが、負けるつもりはない。 ーーーー呪文を唱えて発動するまで、少し時間が出来る。連続して攻撃をし続けていけば、いつかはその隙が生じるはずだ。 例え、『大陸最強の破壊神』と異名を持つ、父であったとしても。 「ほらほら、へばってきたのか?」 轟音の中、父は笑っていた。普通なら呪文を唱えるのに手一杯のはずだ。 父は攻撃魔法の呪文を省略しているみたいだった。強い魔法になればなるほど、呪文は長くなるのが普通なんだけどーーーーほぼ一言で三つくらい発動させているみたいだ。 「くっ……!」 どこをどうしたら三つも発動できるのか、僕には検討もつかない。一発ずつ繰り出していることが、惨めになってくる。 経験の差を見せつけられているかのようで、僕は奥歯を噛んだ。 しかし、なにがなんでも卒業させてもらいたかった。絶対にここで退くつもりなんかない。 「なんだ、終わりなのか?」 僕からの攻撃が止み、父は首をかしげる。疲労も焦りも、何もない。膝についた土ぼこりを払う余裕っぷりを見せつけられ、僕は最終手段のカードを切った。 「まだ、終わりじゃない! ーーーー来い、ファイアドラゴン!」 ぶわっと炎が巻き起こる。 ドラゴンの雄叫びが辺り一体にこだまする。 ズシン、と大きな音を立てて、巨大で真っ赤なドラゴンが僕の横に降り立った。 僕の感情を映し出すかのように、ドラゴンの目がギラギラと輝いている。背中にある、一対の翼を大きく広げ、牙をむき出しにして父を威圧している。 「へええ、すごいなあ。ファイアドラゴンと契約したのか!」 父はドラゴンの圧力なんてどこ吹く風、のんきに拍手なんかやっている。 「でもなあ、やっぱり教科書通りなんだよなあ」 「は?」 その瞬間だった。 凄まじい光が迸り、地震と轟音と共に、見たことのない巨大な三体のドラコンが父の背後に出現した。 「なに、それ…………」 その三体とも、図鑑には書かれていない見た目と特徴を持っていた。普通なら鱗の色や頭の角や顔つきなどで、系統が大体わかるものなんだけどーーーー 「まあ、コートスのことだから、ドラコンの図鑑に載っているやつの中で、一番強いって書いてあるやつを呼んだんだろ?」 「…………」 図星を突かれ、僕は目を背けた。 「それでちゃんと、主従契約までやったのは偉いぞ。まあでも、世界は図鑑の中に全部書いてある訳じゃあない」 「ちょっとケルヴィナート! なにを偉そうに言っているの。あなたそれ、乗り物が欲しくて、全部うろ覚えで召還魔法陣描いて、それっぽく呪文唱えたら出てきたって言ってたでしょう。なにが図鑑には書かれていない、よ」 外野だった母の言葉に、僕の心が音を立ててへし折れた。 ずるずるとその場にへたり込む。 心配したファイアドラゴンが僕を守るように身を寄せてくれた。 ーーーーあれは、竜王の眷属。強大な力を保有している………… そんなドラゴンの思念まで聞かされ、僕はどん底まで突き落とされた。 …………何この負けっぷり。別に父を倒そうなんて考えてはいなかった。それは無理だ。わかってる。けど、ちょっとくらいは、ほんの少しはいけると、その可能性を信じていたのに、かすりもしない。 僕はぼうぜんと三体のドラゴンを見上げた。 なんだ、この圧倒的な力の差はーーーー 父はため息を一つ吐いて、 「コートス、お前は優秀な子だ。だからこそ、まだ失いたくない。俺たちに任せて、しばらく大人しくしてなさい」 「やだ」 「コートス、諦めなさい。まだ子供のあなたを巻き込みたくないの。あなたがもし魔女に出会ったらどうするつもり?」 「やだ、いやだ、僕も、ついていく! お願い、連れてってよ!」 「いけません!」 そのあとは情けない話だが、二人に泣きわめいて追いすがった。 どうしても卒業したい。とにかく、学園と縁を切りたい。離れたい。 しかし両親は頑として認めてはくれず、僕は学園に強制的に引き戻された。 さらに最悪なことに、勝手に脱け出す可能性を危惧された僕は、魔力を一旦封印されることになってしまった。 というか魔力の封印なんて、聞いたことがなかった。でも、母は出来るらしい。ここでも知らないことが出てきて、自分の世界の狭さに死にたくなる。 「お、お願い、それだけは無理だから、脱走しない、約束する! だから、封印だけは…………!」 僕のあまりの取り乱し方に、母は怪訝な顔をした。 「…………コートス、あなた何か隠しているわね?」 「何も隠してなんかない、だから、封印だけは」 じっと探るような視線が注がれたが、僕はそれに耐えた。ここでバレるわけにはいかない。間違いなく大騒ぎになるし、学園全員の知るところとなる。それだけは死んでも嫌だった。このまま隠し通して、知らんふりして卒業してしまえば、学園とは関わりが切れる。アレだって、記憶の奥底に沈めてしまえば、二度と思い出さないように出来るだろう。 「…………そう」 母は根負けしたのか、短いため息を吐く。 「じゃあ、魔力封印は」 「それとこれとは話が別です」 「ま、待って、ねぇ、お願いそれだけは…………っ!」 しかし僕の願いは聞き入れられず、反省の意味も込めて、あっけなく封印されてしまった。 封印はだいたい七日前後で自動的に解けるらしい。 魔力が戻っても脱走はしないように、と両親は言い残し、立ち会った教師に頭を下げて帰っていった。いつまでも学園で僕の相手をしている場合ではないのだ。両親の後ろ姿はすぐに遠ざかっていった。 身体の中に、大きな穴があいたかのような、奇妙な虚無感がある。 魔法のための集中をするが、いつものようなまとまりを感じない。本当に、魔力が封印されてしまっている。膝が、震えていた。 「…………あの、先生。お願いが、あります」 僕は懲罰室に入れてもらえるよう、その場にいた教師に頼み込んだ。 「何を言っているの、コートス。あそこは学園の規則を、それも大幅に破った生徒が入る場所よ。あなたは学園に対しても誰に対しても何もやってないじゃない」 「…………いいえ、しばらく、一人で頭を冷やしたいんです。だからどうか、お願いします」 今の僕に行動の自由は与えてほしくなかった。どこかに公式に閉じ込められた方が安全だろう。なにより今は魔法が一切使えない。自分を守ることが出来ない。それは、すごく恐ろしいことだった。 僕は渋る教師に何度も懇願する。 「…………そう、あなたがそこまで言うのなら、そうしましょう。では、懲罰室へ」 「はい」 良かった。僕は胸を撫で下ろした。あの場所は特殊な魔法が仕掛けられているエリアで、建物自体も本館の校舎から離れている。鍵も複雑な魔法がかけられているので、そういった種類の魔法が扱えなければ破れないようになっている。 あいつがそういった魔法は使えないのは、よく知っていた。 表向きは神妙な顔をして教師の後を歩いていた。しかし心の中は嬉しくて飛び上がりそうだった。短い期間だが、この学園で一番安全な場所にいられる。魔法が使えないので、生活は不便になるかもしれないが、そんなことは些細なこと。あの苦痛から、例え七日間だけでも完全に解放されるなら、もうどうだっていい。 しかし、僕のささやかな計画は、最悪の方向に転がったーーーー 「あれ? コートスじゃないか。お前、卒業したんじゃなかったのか?」 その声に、僕は硬直する。 「あら、マーレン先生。それがですね、その…………ご両親の意向で、卒業延期になってしまったんです」 「そうか、俺はてっきり戦力に連れていくんだと思ってたよ。残念だったなあ、コートス」 僕は名前を呼ばれ、びくりと肩が震えた。 目の前がだんだん暗く濁っていく。 「…………相当ショックだったみたいだな」 マーレンは僕に、労るような言葉を吐く。 「ええ、そうなんです。頭を冷やしたいからと、懲罰室まで希望して…………説得はしたんですが…………」 「まあ、一人になりたいって気分にだってなるさ。学生寮の個室じゃ、周りが騒がしくて落ち着かないもんなあ」 俯いた僕の頭を、マーレンはわしわしと雑に撫でる。 「そうだ、俺が一緒に行ってやるよ。そこで話を聞いてやるから、いくらでも吐き出すといい。男同士なら話しやすいだろ? ついでに俺が監督官もやってやるよ」 「…………え」 その言葉にぞっと背中が冷える。 「あら、それがいいわ! マーレン先生なら、何でも受け止めてくださるし」 「せ、せんせ…………」 タイミング悪く、午後の鐘が鳴り響く。 「ユーライト先生はこれから授業ですよね? 俺はこの時間は空いてるんで、どうぞ、行ってください」 「ありがとう。ねぇコートス、大丈夫よ。今はそんな気持ちでも、きっと来年なら、事態は終息しているはずよ。晴れて卒業出来るわ、元気だしてね!」 絶望的な宣告をして、ユーライト先生は廊下を小走りに走って行ってしまった。 膝が震えている。心臓が激しく拍動している。めまいと吐き気で、今にも倒れそうなくらい、気分が悪い。 「さあ、俺たちも行こうか」 マーレンがぐっと手首を握る。 僕はどんよりとした意識の中、懲罰室へと連行されていった。 懲罰室に着いてすぐ、僕は備え付けのベッドに放り投げられた。 「せ、んせ…………っ!」 マーレンにのし掛かられ、唇を塞がれる。制服の前を開けられ、身体をまさぐられる。逃れようと暴れると、思い切り平手打ちをされた。 「お前から密室に招待してくれるなんて、さすが学園きっての優等生だなあ」 僕は声を押し殺し、ただただ首を振る。ぼろぼろと涙が流れる。 全部裏目に出てしまった今、成す術はない。押さえ込まれている身体がガタガタと震えている。 「それから、魔力はどうした? 何も感じないぞ」 「…………そ、れは」 誤魔化したところで、どうせすぐにバレる。僕は震える声で、魔力が封印されてしまったことを伝えた。 「…………だ、だから、だからお願いです…………七日間は、何も、何もしないで…………ください…………っ」 「へぇ、面白いこと聞いた」 マーレンの口元がいびつにつり上がった。 「ーーーーたっぷり、可愛がってやるよ」 ベッドが激しく軋んだ音を立てている。 制服をむしられて四つん這いにさせられた僕は、マーレンに腰を打ち付けられ、むせび泣いていた。 「いたい、いたい、せんせ…………っ」 あまりならされずに乱暴に挿入されたそこは、出血と強い痛みがある。全身に嫌な汗が吹き出ている。胸の奥がただただ苦しい。 「おねが、もう…………ゆるし…………いたいっ…………ゆるして、せんせえ…………っ」 バチンと強く尻を叩かれ、僕は悲鳴を上げる。くしゃくしゃのシーツに、涙がいくつも落ちていく。 「しばらくヤっていなかなったからな、絞まりがいいぞ、コートス」 また身体を傷だらけにされてしまう。回復魔法ができないから、七日間は自然治癒しか方法がない。 ーーーー誰も助けになんか来ない。 僕は犯されながら、声を上げて泣いた。 身体は何も熱くならない。どんどん冷たく冷えていく。痛くて苦しいだけで、絶望に押し潰されてしまいそうだった。 後ろから手が伸びてきて、僕の首を掴まえ、そのままギリギリと絞め始めた。 「ぐ、うう…………っ」 呼吸を絶たれた僕の目の前が暗く歪んでいく。マーレンの手に爪を立てれば、あとでもっとひどい目に遭う。代わりに僕はシーツを握りしめた。 「ああ、絞まるなあ…………」 マーレンは満足そうにさらに僕の中を抉る。 お願い、離して、もう、やめて、お願い………… 意識が朦朧として、手足の力が抜けていく。 「…………出すぞっ」 一際強く腰を打ち付け、マーレンは動きを止めた。体内の奥にマーレンの欲望が大量に注ぎ込まれていく。首を絞めていた手が外され、僕は酸素を求めて激しく咳き込んだ。 ーーーー意識を、失うかと思った。 僕はその恐怖にガタガタと震える。喉が痛み、息をするのが苦しい。 マーレンのモノが引き抜かれ、シーツにボタボタと血と精液が流れ落ちた。異物感が残り、ひどい痛みがある。 「ひっ…………う…………ぐすっ…………」 ベッドに顔をうずめて泣いていると、頬に汚れたマーレンの男性器を押し付けられた。 「舐めて綺麗にしろ」 命令された僕はのろのろと起き上がり、鼻をすすりながら、先端を口に含む。と、髪を掴まれて、無理やり口の奥まで突っ込まれた。 「んう、ううっ…………!」 そのまま頭を動かされて喉の奥を何度も犯される。 「んぐっ、んんっ!」 あまりの苦しさにぼろぼろと涙が頬を流れ落ちるが、マーレンは容赦なく僕の口を使う。 「う、ううー…………っ!」 喉の奥で射精され、震えながら僕はそれを必死に飲み込む。吐き出すとひどく殴られるので、どんなに辛くてもそれは出来なかった。 固定されていた頭を離され、ベッドに崩れ落ちた。 もう咳き込む力もない。 僕は暗闇に落っこちるように意識を手放した。 目が覚めると、僕は汚れた身体のままベッドに転がっていた。 マーレンはいないようだった。たぶん授業に行ったんだろう。 痛む身体をなんとかしなくてはいけない。また夜になったら同じことを繰り返されてしまう。床を這うようにして進み、ようやく薬箱を見つけた。急いで開けたが、中には痛み止めが一包と包帯、ガーゼが入っていただけだった。 急な体調不良なら、監督官に頼めばいい。薬も回復魔法もかけてもらえる…………普通なら。 ーーーーあいつが手当てをしてくれたことなんて、一度もない。 乏しい薬箱の中身は、僕を打ちのめした。 汚された身体もきれいに出来なかった。普段魔法で水を呼び出す僕らは、水道の設備は部屋に作られていない。喉の乾きも身体の洗浄も魔法で済ませている。 でも、今の僕にはそれが全て出来ない。 ぽたぽたと涙が頬を伝う。 マーレンにこういったことをされるようになったのは、一年くらい前からだ。 魔法の詠唱も要らず、任意でなんでも発動できる僕は、早々に実習授業を免除された。そのせいで空いた時間ができてしまった。仕方なく図書館で予習を繰り返すうちに、講義も免除されることになってしまった。 そんな僕を、教師たちが持て余していることは、うっすら気づいていた。 さらに年齢の近い友人たちからも、なんとなく距離を置かれていた僕は、どうしたらいいのかわからず、悩んでいた。 学園は常に、強力な結界魔法に守られており、普通の人間は場所すらわからないようになっている。それ以外は学生達の両親のみ立ち入りが許されているだけで、隔絶された環境にある。外部の人間の出入りがほぼないので、自然と人間関係は濃密になっていく。そのせいもあって、結構トラブルも起きている。 しかしそれでも外界に解放しないのには、理由があった。 聖戦で大陸中が荒れていた頃、まだ場所を隠していなかった魔法学園が、反魔法使いを掲げる団体に襲撃され、学生たちが全員炎で焼かれ処刑されたという事件があったそうだ。そんな悲惨なことが二度と起こらないようにと、各地にあった学園は場所を移動し、同じ魔法使いにしかわからないように、結界魔法のなかに隠したーーーー そのせいで、被害に遭いやすい子供の僕らは外出は禁止され、卒業して初めて外の世界を体験することになる。 それまでは、派手に喧嘩しようが恋愛沙汰で修羅場を迎えようが、同じ学園に居続ける決まりになっている。 自分の特殊能力もそうだが、僕の家系も有名なので、嫌でも目立ってしまう。問題を起こしたくなかった僕は、努めて良い子に振る舞った。が、それが裏目に出たのか、それとも他の理由があったのかわからないが、なんだか周りとギクシャクし始めた。 実習も講義も免除されて、一人の時間が大幅に増えてしまったことも、僕を不安にさせた。 あのときはただただ、さびしかった。このまま周りに誰もいなくなるんじゃないかと、すごく怖かった。 そんなある日のことだった。 いつものように、空き教室で一人で本を読んでいた僕は、マーレンに話しかけられた。 「…………最近ひとりでいないか?」 「そんなこと、ないですよ」 ドキリとした僕は、すぐに愛想笑いで返した。 マーレンはやれやれと首を振り、 「全く、大人も情けないよな。自分より優秀な生徒がいるんだからよ、そこは誇らしく思うべきだよ。どうせあいつらはコートスが卒業したらさ、新入生に俺が教えた育てたって、さも自分の手柄のように自慢するんだよ」 「…………そう、ですか」 卒業ーーーー条件だけで言えば、僕は可能な範囲に入っているだろう。でもまだ、年齢的には少し早すぎる気がしていた。ほとんどの人は二十歳前後でここを出る。でも僕はまだその年齢にちょっと届かない。両親に言えば、もしかしたら許可してくれるかもしれないが、まだ見ぬ外の世界へはやっぱり不安が大きい。 「なあ、コートス。夕飯終わったら俺の研究室に来いよ。俺が進めてる研究の話、してやるよ。コートスの意見が聞いてみたい」 「でも、僕なんか…………」 マーレンは他の生徒に人気のある教師だった。気難しい性格の教師が多いなか、若くてエネルギッシュで面白い。校庭で学生たちと鬼ごっこしたり、みんなでお菓子を食べているのを見たことがある。いつも周りに学生たちがいて、賑やかにしている、そんな教師だ。 「約束だぞ、コートス」 僕はそのとき、もしかしたら今の状況を変えられるのではないか、と少しだけ希望を持っていた。 ーーーーそして約束通り、研究室を訪れた僕は机に押し倒され、のし掛かられた。 混乱する僕に無理やりキスをする。口内に割り込まれ、舌を絡め取られた。 どうしてこんなことをするのか理解できず、僕はマーレンの肩を必死に押した。しかし、大人の男の力が想定していたよりもかなり強く、僕の力ではすぐに押さえつけられてしまう。それでも抜け出そうともがいていると、平手で思い切り頬を張られる。初めての暴力にショックを受けていると、制服をむしられるように脱がされ、おぞましい手つきで身体をまさぐられた。僕の必死の制止の声は届かず、マーレンの好きなようにいじられる。乱暴に体内へ押し入られ、その痛みに暴れ泣き叫んだが、助けは来ない。各研究室は、自分達の研究内容が盗まれないように、教師たちがそれぞれ工夫を凝らした魔法で空間を切り離しているせいだ。 騒いでも暴れても、外には響かない。 その日、僕はほとんど動けなくなるまで、犯し尽くされた。 ひとには絶対言えない関係を結ばされてしまった僕は、それから度々呼び出されては、マーレンにいいようにされていた。 魔法を使えば、一撃で倒せる。でも、どうして人望の厚いマーレン先生にそんなことをしたのかと問いただされたら、この話をしなきゃならなくなる。そうなったら僕は終わりだ。もちろん、こんなことを相談できる人なんかいなかった。 僕は汚れた身体を魔法で洗浄し、行為の最中につけられた痣や傷を全て塞ぐ。 …………これで元通り。 全ての感情が消えていくのを感じながら、僕は学園生活を続けた。 友人たちに距離を置かれているのは、気にならなくなった。皮肉なことに、表面的に接するようになったら逆に会話が増えた。もう一人で教室にはいたくなかったので、他の教師たちの授業の準備を手伝ったり、補助をする機会を少しずつ増やした。はじめは渋られたが、授業内容を褒め称え、持ち上げ続けていると、気を良くしたのか弟子扱いをしてくれるようになった。といっても、扱いは本当に雑で、怪我をすることや、機嫌が悪いときは八つ当たりされることも多かった。それでもあの研究室に引きずり込まれるよりマシだったので、僕は我慢し続けた。 それから、卒業を考えていることを周りに少しずつ打ち明けていった。卒業には成績と両親の許可が必要だけれど、その一方はすでに満たしている。魔女が出現したという情報は、僕にとってなによりの救いだった。卒業への大義名分を得た僕は、僕も魔女を追い詰めたい、できれば両親の役に立ちたいと控えめに主張する。話を聞いた彼らは、僕を激励してくれた。 そして僕は両親に、卒業したいという内容の短い手紙を書いた。 あの行為から逃げる、唯一の手段だった。 ようやく面会の返事が来たときは、嬉しくて全身が震えたのを覚えている。その話を同級生たちに広めると、マーレンが僕を呼び出さなくなった。僕の全身の傷や体調不良がバレれば、自分が凄まじい制裁を食らうとわかっていたのだろう。お陰で、自然治癒力が落ちて治りにくくなってしまっていた全身の傷もアザも、みんなキレイに出来た。最大のストレスがなくなったので体調も良くなり、激減していた体重も少しだけ戻せた。 あとは大手を振って、卒業するだけーーーー でも、全部無意味だったみたいだ。 両親は最初から僕を卒業させるつもりはなかったようだ。 高かった陽が、傾きかけていた。今日の授業も、もうすぐ終わるころだろう。 そうしたら、マーレンは戻ってくる。 これから七日間の地獄を考えると、死にたくなってくる。 カラン、と終業の鐘が遠くから聞こえてきた。 僕は最後の力を振り絞って家捜しをした。すると備え付けの棚の中に、ガラスのコップを見つけた。すぐに床に叩き落とし、割れた破片を首筋に突き立てた。 …………手が震えて、力が入らない。 死にたい。でもできない。 破片を何度も押し付けるが、それ以上のことができない。 臆病者の僕は、首をかき切ることすら満足にできなかった。 破片を床に落とし、僕はただただ泣いた。また真っ暗な夜が来る。恐怖と痛みと絶望の日々がまだずっと続いていく。治らない傷と悪くなる一方の体調を隠しながら、再び学園生活を送らなくてはいけない。 僕はガラスの破片をもう一度手に取った。首、ではなく、他の場所を切ればいいんじゃないか。重症を負えば、触られなくなるのでは? 僕は手首に破片を突き立てた。横にではなく、手首から肘に渡って深く切りつければ、相当な出血が望めそうだ。脚にも太い血管が通っている。それらを思い切り裂いてしまえば、もしかしたら良い結果が生まれるのではーーーー と、耳元でサワサワと何かの音がした。 「…………?」 何かの言葉のような、違うような。しかし、ここには僕しかいないはずだ。 僕はガラスの破片を握り直す。首を切るのは緊張する。でも手首はなんとも思わない。 せいぜい、大量に噴き出せばいい。床一面、真っ赤になってしまえ。 しかしまた、サワサワと耳がくすぐられる。 …………誰もいない。なんだろう、この部屋にかかっている結界魔法かなにかだろうかーーーー ふいに唇が、勝手に何かを呟いた。 その瞬間、何かに包み込まれたような感じがして、胸の奥の違和感がサアッと満たされた。 …………魔力が、戻ってきた。 何が起きたのかよくわからない。魔力の封印は七日間だったはずだ。 ーーーーでも、これはチャンスだ。 もう卒業なんかどうでもいい。 ここからどこかへ逃げよう。 マーレンが授業を終えてこちらに来る前に、僕は速やかに身体を洗浄し、傷を回復させた。そして床に投げ捨てられていた制服を素早く身に付けて、意識を集中するーーーー 「ファイアドラゴン、来い!」 その瞬間、凄まじい轟音がとどろき、懲罰室の壁と天井が消し飛んだ。同時に外のさわやかな風が、よどんだ部屋の空気を吹き飛ばしていく。 鱗に覆われた、赤い、大きな体。広げた翼は、陽光を透かして輝いている。 ドラゴンが心配そうに僕を覗き込む。 「…………さっきはごめん。でも、もう大丈夫だよ。ーーーーさあ、外へ行こう」 僕のその言葉に、ドラゴンは翼を大きく広げてみせた。 学園内で許可なく召還魔法を使うことは禁じられている。召還魔法は失敗が多く、非常に危険を伴うからだ。技術が未熟な学生には、まず許可は下りない。 僕はそれを知っていた。だから、初めてファイアドラゴンを呼んだときは、こっそり学園を抜け出して、山をいくつも越えたその先にある岩場で行った。 ドラゴンは術者を気に入らないと契約してくれない。『従えたければ、ねじ伏せてみよ』ということで、だいたい激しい戦闘になる。 このドラゴンもすぐさま攻撃をけしかけてきたので、僕も準備していた攻撃魔法を発動させる。でも、すぐに異変に気がついた。 ドラゴンは本気を出していない。というより、こちらの力を推し測るような攻撃をしてくる。 僕が読んだ図鑑には、『下等な人間なんかに呼ばれたのが気に入らず、怒り狂って襲ってくる』と書かれていたが、なんか違う。 おかしいなと思っていると、ドラゴンと目が合った。するとドラゴンは攻撃を止め、僕の回りを一周滑らかに飛んで、目の前に降り立った。翼を畳み、頭を下げる。これは服従のポーズだ。 「……契約、してくれるの?」 その言葉に、ドラゴンは長い顔を僕に擦り付けた。 「あ、ありがとう」 初めてドラゴンに触る。灼熱のドラゴンと書かれていたが、全然熱くない。それに人懐っこい。 ふと、頭から生えている角に、なにか文字らしき物が刻まれているのに気づいた。古いものらしく、かすれていて読めないが、どうやら僕より以前に、誰かと契約をしていたみたいだ。 「これから、よろしくね」 これからは僕のドラゴンになる。それがうれしかった。 それからは、学園にバレない頻度で抜け出しては、ドラゴンと親交を図った。ドラゴンは僕の言葉がわりと理解できるらしく、命令もすんなり聞いてくれる。信頼を築けているということは、誇らしかった。 あいつに暴力を振られるようになってからは、ドラゴンは僕の精神的な逃げ場になってくれた。傷ついた僕にそっと寄り添い、落ち着くまで見守ってくれる。この世界で唯一の、僕の味方。 ドラゴンの背中に乗って、結界を突破する。追いかけてくる気配も、攻撃魔法の気配も感じない。何しろ相手は強大な力を持つファイアドラゴンだ。両親ならねじ伏せることが出来たかもしれないが、一般の魔法使いたちでは束になっても五分五分かそれ以下。だから教師たちは早々に諦めたのかもしれない。 僕は振り向かなかった。 夕暮れに染まった空は、こんなにも美しい。 胸のなかは、爽やかな風が吹いていた。
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