【長州】ある歳神様のお家訪問

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「はて、今年は何年の何の干支でしたかな?」 とおいとおいお空の上でどこか気のぬけた一言がぽろりと零れ落ちた。 ぴかりと光る頭をすりすりと撫でながら首を傾げる姿はそのひとの身分、もとい存在をも疑ってしまいそうになるほどの陽気なものである。 『ひと』という言葉で表現することも本来ならばきっと間違っているにちがいない。 新しい年も干支すらも忘れてしまうくらいには悠久の時を過ごしているからであり、自らの年齢を尋ねてみれば気の遠くなる数がおそらく飛び出すだろう。 むしろ当のそのひと自身が忘れてしまっている方が多分に予想がつくのではあるが。 「歳神様!お惚けになるのはおよしになってください。それでなくともわたしは毎年この日を迎える度に憂鬱で仕方がないのですから」 歳神様の言葉を耳にしたこれまた神経質そうな男が額に大汗をかきながら慌てて口を挟んだ。 呼ばれた歳神様とは正月に家々に迎えて祭る神である。 豊作の守り神であり、祖霊であるともいわれている。 下の世界では親しみをこめて『正月様』と呼ばれる方が多い、歴とした立派な神様なのである。 「それはいけない。正月は一年に一度しか来ないのにそなたのように憂鬱になってしまっては正月様の名がすたるではないか」 「名がすたる・・・・そ、そういう問題なんですか?」 「うむ」 堂々と胸を張る姿に涙が出そうだ。 神とは偉大であり人々に親しまれ大切にされるべきものである。 何故に己が仕えるこの方はどうしてこうも他の神々様とは違っているのか。 些か失礼であるけれども神様であること自体に疑念をも抱いてしまいそうだ。 「そんなに力いっぱい頷かなくっても。かりにもあなた様は神様なんですよ」 「かりでもなんでも、一年の始まりは明るくなくてはいけないのだよ。憂鬱はいけない」 得意げに胸を張り再びほっほっほとご機嫌な歳神様である。 「あなた様に仕えるようになって長くなりましたが、いつになったら神様らしくなっていただけるのか、その思いを抱くことすら無謀なのかと近頃考えるようになりました」 「そなたはほんに細かい事を気にする性質じゃの』 まばゆいばかりに光り輝く頭とは対照的に、銀色のふさふさな眉毛を僅かに下げて歳神様は気の毒そうな表情を男に向けた。 『元はといえば歳神様がいけないんでしょう!』 とは、口が裂けても言えはしない心底苦労性な男でもありました。 *     *     * 「さて。そろそろわしらも下に降りるとするかの」 誰もおらぬ空の上はつまらぬ、とあいもかわらず自らの調子を寸分も乱すことの無い歳神様。 少々口煩い神様付の男にせっつかれようやく重い腰を上げることとなりました。 近頃腰の具合がよろしくないのか、歩く際には杖は欠かさないようである。 その原因たるや先日男が注意しているにも関わらず日々数多の神たちが集い様々な会議が行われている御神木によじ登りその天辺から飛び降りる、という仰天技に挑んだからだ。 自らの年齢と身体の技量を過信しすぎた所為であろう。 それはそれは見事な落下ぶりであった。 「笑っている場合ではありません。すっかり年が明けて他の歳神様たちはとっくに下に降りてゆかれましたよ。ここにいるのはわたしたちだけなんですからねっ」 眉を上へ吊り上げぶりぶり怒っている男に歳神様も少しばかり反省したのか、『ほっ』と威勢よく一声を発し杖を足元に広がる雲へと翳す。 すると見る間に足元の一部分が透け始めぽっかりと穴が開き、下界の様子がうかがえるようになりました。 「どれ、それでは今年もお役目を果たすとするかのぅ」 言うやいなやぽーんと雲の合間に生まれた隙間に飛び込み、歳神様は人々の住まう世界へと降下されたのでした。 *     *     * 「新年明けましておめでとう御座います」 生家の和田家から桂家に養子に入って数年。 あれやこれやの出来事の後、再び和田家で過ごすことになった桂小五郎は本日少し離れた場所に住まう高杉家へと新年の挨拶へと訪れていた。 「かつらたん。あけましておめでとー」 と、この家の当主よりも先に新年の挨拶を繰り出した小忠太の倅である晋作の一声。 年が明けてようやく五つを数えるようになり、今が一番のやんちゃぶりを発揮している。 小忠太には妻のみちとの間に晋作を含めて三人の子宝に恵まれたのだが、その中でも男児であるのは晋作ただひとり。 跡取りとなる晋作を殊更可愛がる小忠太は苦笑いを浮かべながら『格式ばった挨拶はなしじゃ』と晋作を自らの膝元に座らせ息子に対する溺愛ぶりを惜しげもなく小五郎に披露していた。 「ちちうえ。きょうはかつらたんともうでにいきたい」 突如晋作は父の膝から飛び降り、小五郎に抱きついた。 「これ、晋作。無理を申すな」 「いやじゃ。かつらたんともうでにいくんじゃ」 慣れ、というものは恐ろしいものである。 小五郎にとってこの家に訪れること。 すなわち大なり小なり必ずと言ってよいほど何かが起こる、という事を暗示している。 だが小五郎はそれが分かっているので多少の事では驚きはしない。 その為、本日のこの後の予定はすべて後日に回してあり根回しは成功といえよう。 「あの、わたしの方は構いませんのでお気になさらないでください。それよりもこの子がわたしを慕ってくれていることが何よりも嬉しいことですから」 そう言って今度は膝の上を陣取っている晋作をよしよしと撫でるのであった。 *     *     * 『なんとまあ、まるで仏のようじゃの』 『歳神様!何を暢気に見ているのですかっ。それに神ともあろうお方がこのような覗きまがいなことをしてはなりませぬ』 『そなたも見てみなさい。あの幼子を膝に乗せている少年を。わしはこれまで長いことこのお役目を務めておるが、あのように出来た人間をみたのは久々なことじゃて』 ほうほうと自らの長く伸ばした顎鬚を上から下へと二度ほど繰り返し撫でる。 『はいはいわかりました。わかりましたから本来のお勤めを果たしてくださいよ。終わりましたらほんのすこぉうしだけお付き合いしてさしあげますから』 『そなた。この世界に来るたびに性格が荒んではいまいか?』 『すべてあなた様のお陰でそういう性格になってしまいましたので、文句は聞きませんからね!』 ぷいっと顔を逸らしてしまった男を少々呆れ顔で見つめる。 『そういえば、何故にこの家だけ他の歳神が来てはおらんのだろうな。隣のそのまた隣の家には来訪のしるしがあったというに。不可思議なことにこの家だけがそのしるしが見当たらん』 『そういえばそうですねぇ・・・・・・・。っ!』 男が屋内のあちらこちらに視線を這わしているとふいに足元に気配を感じた。 この目線からではその気配を視界に納める事は出来ず、思わず隣の歳神様の赤い召物の袖をちょいちょいと引っ張る。 『なんじゃ?』 肩越しに振り向いてみれば男が指先で足元を指している。 自然目線を向けてみると、先程まで視線の先で少年の膝に座っていた子供が実に不思議そうにこちらを指差しながら見上げているのである。 「ちちうえ。ひとがおるよ」 え、と思わず歳神様たちは物陰に隠れようとするのだが、よくよく考えれば自分たちはお空の上からやってきたものである。 端から人の目に見えぬ存在なのであるから隠れる必要もない事に男ははたと気づいてひたすらに己が姿を隠そうと必死になっている歳神様の肩をぽんぽんとたたいた。 『歳神様。わたしたちは人には見えぬものなのです。おそらく私たちのいる縁側より向こうの垣根にどなたかいるのでしょう』 「晋作、どこに人がいるのだ?わしの位置からでは見えぬが客人が来たのかの」 父の言葉にそうであろうと大仰に頷きながら腕を組む男を他所に、またも子供が更に口を開く。 「おきゃくじゃない。ここにおるよ。な、な、かつらたん。かつらたんもみえるじゃろ?」 子供にそう振られ少々困り気味の少年は室内と縁側の境目に立っている子供を呼び寄せ再び頭を撫ぜた。 『何!?私たちが見えているのですか、あの子供には』 『ふうむ・・・・・』 驚きを隠せないでいる男をそのままに歳神様は何やら思案顔。 「まったく手の焼ける子でこの先が心配でならんよ」 生まれてこれまでの晋作の行動を思うと溜息を零さずにはいられないようだ。 「きっと将来は大物になりますね」 それは困る、としきりにどれだけ平穏が良い事かを父は我が子に切々と諭していた。 *     *     * あれやこれやで結局小忠太の許しを得て小五郎と晋作は手を繋ぎながら近くの寺までの散歩を楽しんでいた。 「ところで晋作。さっきの事だけど本当に見えていたのかい?」 「さっきのこと?」 「ほら、縁側の」 「おったよ。それにふたりもおった」 「・・・やっぱり」 「あ!やっぱりかつらたんもみえておったんじゃな。なんでみえたならいうてくれなかったんじゃ」 「ごめんよ、晋作。あの場でわたしまで見えたと答えてしまったら、お父上のご心配も一回りも二回りも大きくしてしまうかと思って」 歩みを止めて腰を屈めると、晋作と目線を合わせてすまなかったねともう一度謝る。 「・・・もうええよ。かつらたんもみえたんならそれでええ」 小五郎の事が何よりも大好きな晋作は何をするにも小五郎と同じがいいのだ。 時にそれが無理からぬ事柄であっても小五郎には否と口にしてほしくはなかっただけなのだ。 だから同じものが見えていたのだからそれ以上怒る必要がないのである。 *     *     * 『ほおう。やはりわしらが見えておったようじゃな』 そのまま詣でに出掛けた子供二人を歳神様と男の二人はお役目を果たさずに、ただ今そろりそろりとまるで天上人からぬ足取りで後をつけている。 『あれは人の容をした物の怪でしょうかね』 『いんや。そうではないじゃろう。おそらく子供だけに与えられた力じゃなアレは』 『アレですか?』 訳が分からぬといった感じの男に歳神様は仕方なく教えてやる。 『そも子供というものは神からの授かり物。簡単に言うと元は天上人となるんじゃ。したがってこの世界に生を受けて幾年のうちは天上人であった力が残っているので同じ世界におったわしらの姿が見えるんじゃよ。また成人になってしまえばその力は消えてしまう。完全にこの世界の者になってしまうからなぁ』 それでも自分たちを見ることが出来るのは極稀なのだとも歳神様は付け加える。 『なるほど。その「稀」に私たちは出会ってしまったわけですね』 ふむふむと納得している。 『うーむ』 『いかがなされました?』 歳神様は腕を組みなにやら考え込んでいる。 『いやなぁ。なんとなーくわしの好奇心がむずむずと・・・』 『いけません!』 『なんじゃ、急に大声を出しおって。まだわしはなーんも言うとらんじゃろうに』 『何を言わなくとも結構で御座います。忘れていた私が口にするのもなんですが、そもそも私たちはこのような場所で油を売っている場合ではございません。危うく歳神様の調子に乗せられるところでした』 『そなたわしが遊んでおるように見えるのか』 『はい』 『即答か。躊躇もしなかったの』 少しばかりご機嫌が悪くなる歳神様。 だが、そこは長年の経験が男を強気にさせるのである。 『拗ねたって駄目ですからね。これまで散々歳神様に振り回されてきた私の経験から申し上げます。あなた様はずばり、あの子供らと『話がしたい』などと言うつもりでしょう!』 『おぉっ、よう分かったのう!』 『なに誇らしげな顔をなさっているのですか』 『いや、さすが長くわしに仕えておるだけはあるなと思うてな』 『観点が違うでしょう!!』 「うるさあーい!」 その時、ふたりは目をまあるくして仲良く肩を躍らせた。 *     *     * 「かつらたん」 隣を歩く小五郎に晋作は繋いだ手をくいくいと引っ張る。 「なんだい?」 「うちでみたのがくっついてきとる」 「そうだね」 でも悪い人たちじゃなさそうだよ、と晋作に微笑みかけた。 「うん。おれもそうおもう。・・・・・けど」 ちらちらと背後を振り返る。 どうやら自分たちの後をついて来ている(?)者たちが騒ぎ出したようだ。 けれどどうにもおかしい。 道を行きかう人は彼らに気づいていない様子であるし、頭を過ぎったのは『幽霊』という考えたくもないことであったのだが今はまだ丑三つ時でもない。 もしも姿かたちが他の者に見えていなくとも如何せんあのものたちをよくよく見れば足がちゃんとついているのである。 人のようで人でない。 小五郎が首を傾げるのも無理もないことなのだ。 『観点が違うでしょう!!』 「うるさあーい!」 ふたつの声音が重なり小五郎は晋作へと視線を向ける。 すると、晋作は小五郎から手を離しひとり猛然と背後のものの所へと駆けていってしまった。 「こら、晋作!」 小五郎も必死に後を追いかける。 晋作に何かあったら一大事。 いざとなれば己の体を盾にしてでも守らねばならない。 気配から察するに殺気などは一切感じられないのだが。 *     *     * 「おい。そこのじじとげなん。こんなところでなにをしちょるんじゃ」 『歳神様に向かって「じじ」とは何たる無礼な子供か』 晋作の一言に男は青を真っ赤にさせて怒り出した。 雲の上では常に冷静で決して他のものに動揺した所など見せたことの無い男が、今にも暴れだしそうな程のキレっぷりである。 「じじをじじとよんでなにがいけないんじゃ。それにゆうれいなくせにこんなあかるいときにでてくるな」 『幽霊だとう!?おい小生意気な小童っ!我らは神聖な天上人。そしてここにおわすお方は豊作の神であり、毎年の正月に一度この世界に降りてくるとってもありがたぁい歳神様であらせられるぞ!』 「だからなんじゃ。おれがいちばんこわいのはかつらたんにきらわれることだけじゃ」 こちらは淡々と言葉を綴る五歳児。 今にも鼻をほじりはじめそうだ。 『ほれほれ。そなたが熱くなってどうするのだ。この子の方が冷静すぎてそなたが哀れに見える』 『歳神様ぁ~』 男の情けない声が吐き出されたとき、晋作の後を追ってやってきた小五郎がようやく追いつき周囲を憚りながらひとつの提案をする。 「みなさん、とりあえず場所を変えませんか。ここは人の目もありますし、他の人たちに不審がられますので」 小五郎がそう口にするとその言葉の意味を察して歳神様は快く応じたのでありました。 『図らずもわしの願い通りになったのう』 『私は自己嫌悪でいっぱいです』 男は頭を抱えてうずくまるばかり。 「おい、げなん。かつらたんのいうとおりにするんじゃ。あるけ」 『うおおおおおっ~。何故私がこんな子供に指図されなければならないのですか』 「じじ。こいつをあるかせるんじゃ」 『ほっほっほ。じじとな。わしに孫が出来たみたいじゃのう』 なんだか嬉しげな歳神様は杖を片手にもう片方の掌で晋作の頭を撫でた。 「すみません。晋作、目上の方にそんな言葉使いをしてはいけないよ」 小五郎は再び晋作の手を引いて、目的地である寺へと歩みを進めるのでありました。 *     *     * 「で?」 と偉そうな声を発したのは今いる者たちの中で最年少である晋作の一声である。 その晋作を始め共に詣でに向かう途中であった小五郎とお空の上からやってきた歳神様とお供の男の4人組みは、晋作と小五郎が向かう予定であった近くの寺の境内までやってくるとようやく落ち着くことができた。 元旦から幾日か経っており、こちらにやってくる人の数も少なくなるというもの。 小五郎はふんぞり返るような態度であいも変わず歳神様付の男に挑戦的な構えを見せている晋作を宥めながらひとつ浮かんだ疑問を呟いた。 「あの、あなた達は本当に幽霊ではないのですか?」 「かつらたん。こいつらはきっと『じばくれい』というものなんじゃ。としもあけていくにちしかたっちょらんちゅうに、じょうぶつもできんやつらとそうぐうするとはえんぎがわるすぎる。でるならおれたちいがいのところにでればええものを」 『な、なんだとぅ』 男は晋作のあまりの言いように思わず子供特有の両の頬をくいと摘み上げる。 「にゃにふぉしゅるんひゃぁ。はふぁふぇっ」 『煩いわクソ餓鬼めっ。霊が生身の人間にこぉんな風に触れるか?ほれ、ほれ、ほれ』 「かちゅらたぁ~ん」 ころっと態度を変えて助けを呼ぶ晋作に、小五郎は仕方なく手を差し伸べてやる。 『わかったか。私たちは幽霊ではないということを』 「でも、人でもないのですよね」 『そうだ。私たちは空の上からやって来たのだ。先程も言ったように年に一度の正月にこちらにおわす歳神様が地上に降りられる神聖な日なのだ。お前たちが容易く口を利ける・・・否、お姿を拝見できる機会など無いに等しいのだぞ』 今度は男がのけぞるようにして威張っている。 『いい加減にしなさい。そなたはたまに羽目を外すとすぐこれじゃ。それでは何年経っても見習いのままじゃて』 もっと自分を手本にしなさいと一言付け加える事を忘れはしない歳神様。 『歳神様を手本にしてもなぁ・・・』とぼそりと呟いた男の頭に杖の洗礼が見舞うのである。 尊敬しているのかしていないのか。 尊敬されているのかされていないのか聞いてるものには皆目判断つきかねる二人の会話に小五郎は些か疲れてきたのでありました。 「では、あなた方のお話からすると高杉の家に歳神様が来られていて、そこでたまたま居合わしたわたしたちに姿を見られてしまったというわけですね」 小五郎がそう言うと歳神様と男は何やら困った表情をしている。 『いや、それがのう。わしらは事情があって他の歳神から随分遅れてこちらにやって来たのじゃ。わしも歳神と名乗っているからにはお役目を果たさなければとここらの家を回っておったのじゃが、何故かこの子の家にだけ歳神来訪のしるしがなかったんじゃ』 つるつるとした頭を摩る歳神様。 その傍らにいる男は腕を組んで何度も相槌を打っている。 歳神様はぽんと両の手を打つとまだまだ成長途中の小五郎の小さな頭に掌を乗せた。 『あぁ。そなたは安心してよいぞ。ちゃあんとしるしがあったからのぅ』 「かつらたんからてをはなすんじゃ」 びたっと小五郎に抱きついたままの晋作は、歳神を睨んでその手をどかそうと躍起になる。 『ほほう。その歳で悋気を起こすとは。先々が思いやられるな。のう、小五郎殿?』 気分を害するよりもますます楽しげに声を上げて笑う歳神様。 「はぁ。でもわたしは晋作が大好きなので苦には一度も感じたことはありません」 「おれもかつらたんがだいすきじゃ」 間をおかずしてそう声を上げた晋作に、歳神様と小五郎は笑う。 『そなたも将来大物になりそうじゃの』 と、歳神様は心中そう確信めいた言葉を呟いたのでありました。 *     *     * 人の世界よりお空の上に戻ってきた歳神様と男は、気になり続けていた一つの疑問を他の歳神様に尋ねてみることにした。 歳神様はここにいるだけでも五十人ほどおり、外見も似たり寄ったりで誰が誰だかわからなくなる。 なのでその見分け方では衣の色で判別されておりました。 中でも小五郎と晋作と話をしていた歳神様の衣は『赤色』である。 『歳神』という神様の中では最高位にあたる立場でありお釈迦様ともとっても仲の良い方なのでありました。 しかし、そんな立派な歳神様でも少々個性的なようで厳格でもなければ思わず平伏してしまうような近寄り難さもなく、お付の男でさえも時折頭を悩ませてしまうくらいに人懐こい(?)ところがあるのだ。 そんな歳神様は特に親しくしている青色の衣を纏った歳神を探し出し、下の世界での出来事を一から十まで事細かに話した。 すると青色の歳神様はどうしたことか衣と見紛うばかりに表情が変わり、額には普段では掻く事の無い汗まで浮かばせている。 それを間近で見ることになった赤色の歳神様は小首を傾げながらも自らの衣の袖で浮かんだ汗を拭ってやるのでした。 「如何致したのだ?そなたがそのように顔色を変えることなぞこれまでわしは見たことがない」 「これはすまなんだ。し、しかし・・・赤の歳神様、まことにその子供らの家に参ったので御座いますか」 「うむ。行ったぞ」 非常に楽しかったとの言葉も付けて機嫌よろしくほっほっほと笑っている。 それを苦々しい顔で見ていた赤の歳神様付きの男は青の歳神様に拭いを差し出しながらこういいました。 「冗談じゃありませんよ。あの高杉の小童は私はどうも好きになりませんでしたね。小生意気でこちらを舐めきっている感じでしたし、兎に角もうこりごりですよあんなところへ行くのは。来年こそはまともな場所へ行きたいものです」 「そうかのう。わしはぜひとも来年も行きたいものじゃが」 声高々に笑っている赤の歳神様の衣の袖を握り締め、青の歳神様は縋り付くかのように額に汗しながら口を開く。 「歳神様。も、もうあの家には行ってはなりませぬ。あの家には魔王が居るゆえ・・・・・おそらくその家に来訪のしるしがなかったのは皆がその魔王を恐れて行きたがらなかったことが原因かと」 「そうなのか?」 「ええ。昨年私があの家に参ったのです。とても、とても恐ろしい目に合いました。なんとあの家には魔王がいたのです。・・・・・・・・あったのでしょう、魔王に」 「まおう?」 「まだ外見は幼い姿をしておりますが、あれは魔王の如き気を纏っておりました」 「そのようなものおったかの」 そこで男はあ、と掌を打って 「もしや高杉晋作のことでは」 「おおおおおっ!そ、その名を口にしてはならん!」 そう、声高に叫んでぶるりと身を竦ませた。 「私はすぐさまこちらに帰りおふれを認め皆に今後あの家に行くことを止めさせたのです。あのような恐ろしい目に合うのは私だけで十分」 「そのようなふれがあったかの」 「ああ!たしか丁度その時分、私たちは御釈迦様の元へと行っていた頃ですね」 そうだったかの、と赤色の歳神様は髭を撫でる。 「しかし青の歳神。それはちと大袈裟ではないかのぅ。わしには可愛い幼子に見受けられたのじゃが」 孫が出来たみたいで頭を何度も撫でてしまったわいとまで言う。 「しかしそれが理由なのでしたら私も頷けます。あの生意気そうな目を思い出してももう一度両頬を抓ってやりたいほどです」 「なんと!」 男がそう口にした途端、青の歳神様はその場でぱたんとお倒れになり 「一体どのような目にあったのかのぅ」 赤の歳神様はますます首を捻るのでありました。 *     *     * 「とても不思議な一日だったね」 詣でを無事に終えた小五郎と晋作は仲良く高杉家に帰り着き、まだ帰らせないぞとばかりに晋作は小五郎の傍を片時も離れはしない。 「そういえば、まえもへんなのがきちょったなぁ」 「へんなの?」 「うん。さっきのへんなのはあかのころもをきちょったけど、まえのはあおのころもをきちょった」 「それでさっきみたいにお話をしたのかい?」 「うんにゃ」 ぶすっとした顔で首を左右に振る。 「一体何をしたの?」 幾ばくかの不安が過ぎり小五郎は恐る恐る訊ねてみる。 すると晋作はおもむろに立ち上がり両の手を合わせてそれぞれの人差し指だけ残して他の指を折り曲げるとそのままの状態で腕を天井高く突き出したのである。 「も、もしかしてそれをしてしまったのかい?」 「おもいっきりしてやったぞ」 これまた偉そうに踏ん反り返る晋作を小五郎は額を抑えたのでありました。 来訪してくださった人のようで人でない神様に向かって・・・・・。 正体が分からずとも無謀にも尻を突くなどそんな恐ろしい真似はこの子以外には出来かねるだろう。 「おれのめのまえでしりをつきだしていたのがわるいんじゃ」 一体どのような状況でそうなったのか。 すべてはやった者とやられた者にしか分かりはしない。 まだまだ春の兆しは遠く感じる睦月のとある一日でありました。 おわり
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!