1章

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 20時半頃、夕飯を食べ終えた二人をよそに、母が帰ってくる。「ただいまー。あ、いい匂いー」両手に複数の鞄を提げた母が靴を脱いで上がってきた。  レジ袋も多数持っていて、中には大量の買い置きされた肉や野菜が詰め込まれている。 「これ、直しといて」  床に直に置かれたレジ袋は、未来に完全委託され、母は着替えて夕飯の支度を始める。美味しそうだと言われていても、未来の心の動きは何もない。  軽かった心すら、鉛を飲み込んだように沈みだす。 「肉類は冷凍しないと、ささ、早く直して」 「・・・・・・」  返事をすれば、言の葉が落ちてしまうのは明白だった。だからこそ、苦虫を潰してでも噛み殺さなければならなかった。  だが、実母は容赦なく外でのストレスを家庭内にぶつけ散らかす。今日はまだ機嫌が良い方であったのだ。未来が母の帰る前に夕飯の支度ができているから、というのも大きく影響しているだろう。  未来にだって怠慢はある。それを家事をしない理由になどすれば、帰宅した母から激を飛ばされ、八つ当たりとも言える罵詈雑言を浴びせられるのだ。  「好き勝手ばかりして」「役立たず」「腐れ外道」――他にも数え切れない、そして忘れられない言葉をかけられた。    だから、母の機嫌が良い時でも、母が帰宅してくれば未来は鉛玉を呑み込む。上手く言葉が出てこないなら、母に刺激を与えることもない。  最近では「酒」が鉛玉の役割を果たしてくれている。  高校卒業するまでは、鉛玉を呑み込むという手管すら知らず、ダメージをもろに受けていたことは、まだ、記憶に新しい。  未来が生鮮食品の処理をしていると、飯を食い始めた母が口を開く。未来が言の葉をすり潰していてもあまり効果がないと、これまた最近思い知らされたことである。 「んー、明日は豚バラ大根かな。それか、白菜もあるからあんかけチャーハンも食べたいわ」 「えー、南あんかけは嫌いー」 「いいじゃん、美味しいよ」  そんな母と妹の会話は楽しそうだが、誰が作るんだ、誰がその食べ終わった食器を片付け、洗うんだ、と突っ込みたくて仕方がない。  気分としてはシンデレラだ。シンデレラは初めから惨めではなかっただけマシなのか、そう思わずには居られなかった。  実母が帰宅してからの未来は、床につくまでほぼ無言で炊事洗濯を済ませたのだった。
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