1章

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 それから程なくして机上の道具を片す。無論、ずらかるためだ。 「それでは失礼します」 「ああ、またね」  今回は大人の雰囲気を含んだ笑みを爽やかさと混同させる男性。  今度なんてあるのか、未来にはほとほと疑問だった。  図書館を後にして、出来上がった課題を提出まで済ませてしまおうと、心理学科専用の事務室まで向かった。その途中、生協(大学内のいわばコンビニ)で心理学に関する本を見ることにしていて、不定期ではあるが、入荷された本のチェックをする。  今回はとくに入荷された本はなかったが、家族心理学の本は、なぜか、さっきの男性が持っていた本と同じ本が目に入り、手にとってしまった。  男性には子供じみた態度をとってしまって、トラウマに似たような居心地の悪さを感じる。それも教訓のうち、と克服なのか追い打ちなのか、手元に残しておきたくなった。  結局購入してしまった本を鞄にしまい、ため息をこぼして事務室へ足を運んだ。 「あ」  こんな短時間でデジャヴを目の当たりにしたのは、随分久しい。エレベーターが開かれ、すぐ目前にある受付の奥に、なぜか男性がいる。  教員側の人間だったのだ、未来は家族心理学の課題で聞いた「円環的認識論」の話が想起され、納得がいく。  しかし、なんとなく顔を合わせづらいので、こちらはあくまで気づかないフリを敢行するほかない。その手の素知らぬ顔は得意分野で、受付を通り過ぎ、隣の課題提出用ボックスに投函した。  奥から寄せられる視線の心当たりを、そっと有耶無耶にしながら。
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