1章

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「・・・・・・そっか、すごい偶然だな」 「そうですね」 「ところで、もうすぐ授業終わるんだけど、この次、授業入ってる?」 「ええ、入ってます」 「残念、僕はこの次まで休憩時間というか、空き時間だったから、君が今まとめてるヤツの詳しい解説とかしてあげられたんだけど、それはまたの機会ということで」  男性はあっさり席を立って去っていった。未来は自身、呆気にとられていた。社交性抜群な人がぐいぐい押して、あっという間に引いていく現象はあまり知らないのだ。  しかし、昨日、初対面なのに、嫌な顔をしてしまったのだ、引き際を察してくれたのだろう。  それにしても、教員側の発言や、この本の解説を1対1で教えてもらえることなど、色々気になることが多すぎる。生徒と教員の立場であるなら、これ以上の親展はなさそうだと、安心を覚える。  それから、未来が図書館へ出向けば、その男性は必ずと言っていいほど、ほぼ毎回隣に座り、心理学について語ってくれる。  教員ならば、その場所でなくても、オフィスがこじんまりとはしているらしいが設けられているので、そこで語ることの方がごく自然な生徒と教員のやり取りのように思えた。  それも、未来から言及しなければ男性が誘うと、これはこれで生徒によってはいわれのない難癖をつけられることがあるために、慎重になっているのだと考えつく。  殊更、未来からも約束を取り付け、オフィスまで出向くほど親しくなりたいとは思ってはおらず、図書館内だけでの交流という不思議な関係が与あずかり知らないところで始まってしまった。  そうして知った男性の名前。黒田徹、28歳。そして、教員のような立場の人間である事以外、何も情報がない。未来からの質問がほとんどないことが理由として一番に上がる。  だが、同じくらいに黒田は未来に対する質問が多いのだ。 それも家族構成から趣味に至るまで。合コンでもそれほど多くは尋ねないのが一般的だろう。  そして、度々地雷付近を通過するので、未来が冷や汗をかくばかりで、苦手意識をもつのにそう難しいことではなかった。 「未来ちゃんは、人からクールだね、とか表情が読み取りづらい、とか言われたことない?」 「ああ、たしかに言われたことありますね」 「でも、親密な仲にある人ほど、結構顔に出るよね、なんて言われたりする感じ?」 「それも、ありますね」 「あー良かった。僕もそっちだな。未来ちゃんはわかりやすい」 「はぁ」  頬杖をついてこちらをガン見する。出会った当初からそうやって人を観察するが、容易に見透かされるのは好まない。 それで曖昧な返事をするから「わかりやすい」といわれるのだろう。
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