1章

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  出会ってから何かとタイミングがいい黒田に、親近感のような、安堵感のような情動が流れる。ただ、タイミングがいいだけ、優しいおとなの男性なのに。 「僕もちょうど仕事終わりなんだけど、ついでに駅前まで送る。おいで」  「ついで」、「駅前」という言葉に、他意のない善意であり、さっきまで邪な憶測を立てていたこともあって、申し訳無さ半分で甘えることにした。 「お言葉に甘えます・・・・・・」 「それでよし。校門前に車寄せるから、そこで待ってて」  先を行く黒田の背中の広さに圧倒され、久方ぶりの恋情に似たときめきを覚える。  寄せられた車は黒光りのする車で、誰が見てもそこそこ値の張る乗用車であることは明白だった。窓が開いて「乗って」少し袖が捲られた腕を覗かせ、ハンドルを握る黒田は促す。 「お邪魔します」 「はい、どうぞー」 「えっと、最寄りのA駅までお願いしていいですか?」 「もう、どうせなら家まで送っちゃうよ。実家暮らしでしょ? 僕、親御さんのいる家に上がりこんで、堂々と犯罪犯すようなヘマできないから、安心していいよ」 「・・・・・・たしかに」  未来の判断能力は、黒田の一般化された話術によって徐々に削ぎ落とされている。  発進した車内ではプライベートな話を中心に、未来の全体像を構築されつつあった。休日はどんな風に過ごすのか、そんなありきたりな話を出されるが、未来はこの1ヶ月で警戒をある程度まで解いている。  それも、自分の範疇を超えていることを、本人は気付いていない。 「じゃあ、未来ちゃんはインドア派なんだ」 「夏と冬は暑いし、寒いしで、付き合い以外の誘いは断りますね」 「じゃあ、勉強も苦になるわけじゃないってのも、納得できるな」 「そうですね、家に居られるし、静かだし」 「未来ちゃんは雰囲気から大人だし、結構大人びてるからなぁ。静かな場所を好むのは、合うな」 「大人びている・・・・・・」 「大人びてるなぁとは言ったけど、でも、僕は未熟児として生まれてくる人間が、早熟してしまうのは、子供の部分を忘れてしまうというか、甘えられる部分を早くに失ってしまう気がして、あまり好ましくないんじゃないかって、たまに考える。とくに、そうならざるを得なかった環境の子については、本人の意思とは裏腹だから、僕は大人びていることが、果たして褒め言葉なのか、よくよく考える必要があると思うんだよね」  こちらをちらりともせず、黒田は克明に未来に問いかける。 「未来ちゃんは、大人びている、みたいなことをもしかしたら今の大人になる前から言われてきた?」 「・・・・・・はい」 「嬉しい時もあっただろうけど、そう言われて苦しい思いをしたことはない?」 「・・・・・・とくに」 「本当に?」  (この人は地雷を踏むことに躊躇いがない。そんなに私の核心をついて何を知りたいのだろう。結構、しんどいんだよ、この手の話――)  前方から窓からの景色に視線を変え、バレやすくなった表情を隠す。  この手の話は、知り合いにはなかなか言えない。今後の関係性を保つためには、秘密にしていた方が、円滑なままでいられる。それなのに、黒田は教員として問いかけているのか、心配しているのか、未来を車に乗せ、完全な二人きりの空間で深層部に蓄積し続けている塊を掘り起こそうとしている。
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