1章

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「ここまで送ってくださってありがとうございました」 「いえいえ、これくらい、大人の余裕ってヤツよ」  未来の前を黒田の乗る車が去っていく。先刻まであの車内にいたのだ。多少の優越感を感じながら、マンションのエントランスをくぐる。  疲労のない帰宅で足が軽い。それよりも心が軽い。玄関についてから、靴を脱ぎ、手を洗って、夕飯の支度をし始めるまで、鼻歌交じりに行っている。 「カウンセリング・・・・・・ねぇ。黒田先生に言うのもいいけど、どうせなら、職場に勤めてるプロに聞いてもらったほうが、関係性を保つもくそもなくて、便利そうだけど」  身軽な未来は包丁さばきも心なしか速くなり、そして、止まる。たしかに、カウンセラーとクライエントという明確な立場のおかげで、守秘義務は絶対だし問題解決への糸口は探してくれる。  現に、未来自身、将来はその職業に就こうとしているのだから、職責は理解しているつもりだ。しかし、カウンセラー自身がクライエント側に飲み込まれるわけにいかないため、彼ら自身も感情の制御を行っている。    止まった手を再度動かす。いつしか微塵切りの領域をこす人参の破片ができあがってしまい、慌てて皿に移し替える。解凍し終わった合挽き肉のミンチを冷蔵庫から取り出し、熱したフライパンへ放り込んだ。 「あ、お姉ちゃん、今日麻婆豆腐?」  リビングから顔を出した妹は、こちらへ寄ってきて、フライパンの状態を窺ってから答えを出す。 「お、正解」 「よね! だって、ミンチだし、玉ねぎ、人参が微塵切りだったから。それと、コチュジャンと豆板醤がそこに置いてあるから!!」 「よく見てるなー」 「うん。実はお姉ちゃんの麻婆豆腐好きやん」  まだ10歳の小学生だが、未来が良く作る飯がよほど好きなのか、すくすくと育ち、未来と肩を並べる妹。横にもふくよかに育ってくれたおかげで、冗談でもぶつかってこられるのは相当マズイのだ。  隣にいる妹の南の大きさに圧倒されながらも、未だ心の軽い未来は、ふ、一息溢して嬉しさを噛み締めた。
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