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「その神出鬼没ぶりゆえに、異端審判士は捜すのを面倒くさがったのだろうな……ま、これも護教のためと言われれば、確かに我ら羊角騎士団の任務の範疇だ。ついでに騎士団の人材探しもできることだし、ここは〝新天地〟へ行くまでの辛抱と思って仕事に励もう」
まるで苦虫を噛み潰したようにダンディな顔を歪め、今にも発狂しそうな様子の相棒アウグストを、非対称的に落ち着いた様子のハーソンは、どこか世の中を諦観しているような声の調子でそう宥めた。
ハーソン達〝白金の羊角騎士団〟の団員は、少々複雑な組織体系の中にある……。
二人は世界最大の版図を誇るエルドラニア王国の騎士であるが、現エルドラニア国王カルロマグノ一世は、古の大帝国〝古代イスカンドリア〟の後継を自負する小さな領邦国家(※公国)や自治都市の集合体〝神聖イスカンドリア帝国〟の皇帝カロルスマグヌス五世としても即位しているため、彼らは神聖イスカンドリア皇帝の臣下ということにもなる。
また、イスカンドリア皇帝はプロフェシア教会の最高位、「神の言葉を唯一預かれる」とされる預言皇により任命されるため、必然、エルドラニア王国は預言皇庁の干渉を受けることになり、加えて羊角騎士団がそもそも異教や異端の脅威から教会を守るために設立されたものであることから、帝国ばかりか預言皇庁からも仕事を仰せつかったりするのである。
伝統的に名家の出身者だけが代々就任していたところ、武勲だけでのし上がっきた小領主階級のハーソンを聖騎士に叙し、羊角騎士団の団長に大抜擢した皇帝や預言皇の狙いもそこにある……。
実力もない貴族のお坊ちゃま達が箔を付けるためだけの名誉団体と化していた羊角騎士団を彼の手で立て直し、いろいろこき使おうという腹積もりなのだ。
昨今は預言皇を頂点とするレジティマム(正統派)に対し、開祖・はじまりの預言者イェホシア・ガリールの教えに立ち返ろうというビーブリスト(聖典派)が各地で反旗を翻しているため、現預言皇レオポルドゥス10世はその鎮圧に一役買わせようと考えているらしい……。
他方、皇帝と帝国側はより俗物的に、新たに植民地とした遥か海の彼方にある〝新天地(※新大陸)〟において、海洋交易路を脅かす海賊討伐に彼らを使おうと計画している……。
まあ、そんなお上の思惑に対し、その有名無実化した騎士団の改革には実力主義を重んじるハーソンもやぶさかではなく、こうして旅をしながらメデイアのような新団員をスカウトして回ったりもしているのであるが……。
ともかくも、そんな人材集めの旅をしていたハーソン達に新たに下された、今回の〝魂を奪う吟遊詩人〟退治の任務である。
「さあ、着いたぞ。チャーメルンの町だ。道中聞いた噂だと、最近はこの町にその吟遊詩人が出没するらしいが……」
そう告げながら、ハーソンが碧の瞳を向けて示すその先には、壁のようにそびえ立つ山脈を背景に、雄大なベーダー川の河岸に沿って幾つもの水車とそれを動力に粉を挽く小屋が点々と建ち並び、その緩やかな河の流れにかかる巨大な石橋の向こうには、中世そのままといった風情の白壁の街が広がっている。
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