16人が本棚に入れています
本棚に追加
徐々に近づいて来るように感じながらも、院長達はいまだ自分との距離をほとんど変えていないのだ。
それにグランシア院長はともかくとしても犠牲となった仲間の修道女達は、自分を取り殺そうとするような、そんな心根の醜い人間ではなかった……。
その上、聖なる矢がまるで効かず、体をすり抜けるように見えたことを考え合わせると……。
「……うっ!」
何を思ったか、メデイアは番えていた最後の一本の矢を弓から外し、それを逆手に握ると自分の太腿へ向けて勢いよく振り下ろす。
瞬間、焼けた鉄を当てたような熱さと痛みが鏃を突き立てた部分に走ったが、それと同時に、目の前の霞が晴れたような、ぐっすりひと眠りしてから目を覚ました時のような、そんな妙に頭がスッキリした気分をメデイアは感じる。
「…………!」
すると、自分を取り囲んでいた院長と修道女達の亡霊も姿をかき消し、見れば、彼女の放った矢はすべて周囲に生えた木の幹に突き刺さっている。
「やっぱり……さっきの亡霊はこの煙のせいで見せられていた幻……それなら、ハシバミの矢が効かなかったのも、邪悪な霊から守る〝月の第四のペンタクル〟が用をなさなかったのも頷ける……」
その状況を目にし、メデイアは驚くのではなく、むしろいたく納得したというような顔をして頷く。
「わたしは勘違いをしていたのかもしれない……この煙は狂信女を操るためのものなんかじゃない。彼女達はもっと前から理性を奪われ、できあがっていた……わたしが今見たものからして、これはおそらく〝反魂〟の香……その者が一番強く抱いている〝死者〟のイメージが幻となって目の前に現れるんだわ……ハッ! だとしたら、オルペさんが危ない!」
さすがは本物の魔女。甘ったるい煙の真の正体にたどりつくメデイアだったが、それと同時に、この状況がたいへんオルペにとって危険であることにも思い至る。
だが、暗い森の中でのことでもあるし、夜霧ほども濃くなっている煙と、今見せられた幻覚のせいで彼のいる位置がよくわからなくなってしまっている。
その上、幻覚を解くためだったとはいえ、矢を突き立てた太腿の傷がジンジンと痛み、歩くのにも少なからず支障をきたしている。
「オルペさん! 気をつけてください! 何が見えてもそれはすべて幻です!」
最早、司祭に見つかることを気にしている場合ではない。メデイアはありったけの声を張り上げると、付近にいるはずのオルペに向かってそう呼びかけた――。
最初のコメントを投稿しよう!