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「まあ、そんなところか。しかし、それにしては少々変な所もある。話の中でこどもは何も悪いことをしていないし、その後、どうなったのかも語られていない……一説に、多くの若者が遠くの土地へ入植した歴史的記憶がもとになったとも云われているが……笛を吹いてこどもを連れ去る笛吹き男と、歌を聞かせて魂を奪う吟遊詩人か……なにやら、因縁めいたものを感じなくもないな……」
どこか不思議なそのおとぎ話と、自分達が追う不可解な噂の人物……そのなんだか似た所のある奇妙な符合に、ハーソンはある種、胸騒ぎのような、言いようのない興奮を密かに覚えていた。
ちなみにハーソン、家を継ぐ前は古代異教の遺跡を旅をして巡っていたほどで、こうした伝説やら口頭伝承の類は大好物だったりする。
「ほお……さすがは製粉業で名高き大都市、かなり景気がいいようですな」
石橋を渡り切り、やはり石造りの城門を潜り抜けると、眼前に現れた賑わう街の様子を見渡し、感心したようにアウグストが呟いた。
街の中央に構える聖ボタニカテウス律院は堅牢な石造りであるが、それ以外は白壁に梁や柱の木材が露出したこの地方特有の建築物がどこまでも建ち並び、まさに中世さながらの景色がそこには広がっている。
大海洋国家として外界に開けた、ハーソンやアウグストの故郷であるエルドラニア王国とはまた違って、やはりずいぶんと古臭い印象を受けるその街の雰囲気ではあるが、それでも住民達は活気に満ち溢れ、大いに繁栄していることは言うまでもなく明らかだ。
しかし、木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中……それだけ大勢の人間で賑わっている街において、人探しをするのは困難が予想される。
この様子だと酒場も当然方々にあるだろうし、景気のよい街ならば、そのおこぼれを求めて集まる吟遊詩人も一人や二人ではないであろう。
「さて、この中からどう探したものか……とりあえず、名物のラ・メーンとやらを食べがてら、盛り場を廻って聞き込みでもしてみるか」
大通りを往来するたくさんの人々の波に、ハーソンは他の二人とともに馬を下りると、そう言って近くの店の軒先に掲げられた、〝スープ・パスタ〟らしきものを模った看板を見つめた。
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