16人が本棚に入れています
本棚に追加
「………………エヴリーデ…」
一方、そのオルペは先刻来隠れていた木の幹の前で、冥府へ連れ戻されたはずの今は亡き恋人と対峙していた。
だが、あの洞窟の出口で見た腐敗した遺体の姿ではなく、生前と何も変わらぬ、彼がよく知る美しい恋人の姿である。
「……いや、嘘だ。そんなはずがない……君はあの時、再び冥府へ連れ戻されて……」
今、確かに目の前にいる彼女の姿と過去に見た情景の記憶の狭間で、オルペはどちらが現実なのかわからず、ただでさえおかしくなりそうな頭をさらに混乱させる。
「ええ。そうよ。わたしは今も冥府の住人……でも、もう一度あなたに会いたくて、ハーデス様に頼んで現世へ来させてもらったの」
そんなオルペに対し、可愛らしい満面の笑みを浮かべたエヴリーデは、やはり変わらぬ生き生きした声でそう語りかける。
「……あの時、僕は君を突き放した……そんな僕を、君は恨んでいないのか?」
ひどく戸惑いながらも、オルペは恐る恐る、声を振り絞る様にして彼女に尋ねる。
「恨む? 恨むなんてとんでもない。今でもわたしはあなたを愛してるわ」
対してエヴリーデは笑みを湛えたまま、彼の不安を払拭するように首を横に振ってみせた。
「そ、それじゃあ、君はこんな身勝手な僕を、許して、受け入れてくれるというのか?」
「ええ、もちろんよ。でも、そのために冥府へ連れ戻され、あなたとはまた離れ離れになってしまった……あなたに会えないなんて、わたしもう堪えられない! だから、わたしと一緒に冥府へ戻りましょう? あなたとわたし、もう誰にも邪魔されることなく、いつまでも冥府で幸せに暮らすのよ!」
少しほっとしたような顔になり、もう一度、改めて尋ねるオルペに向けて、彼女はやけにうれしそうな声色でそう続ける。
「冥府で? ……でも、それってつまり、僕も死ぬってことなんじゃ……」
「ええ、そうよ。わたしが現世に戻れないなら、あなたが冥府へ来ればいいのよ! 今までどうして思いつかなかったのかしら? とっても素敵な考えでしょ?」
当然、その疑問に思い至るオルペだったが、エヴリーデは相変わらずの無邪気な笑顔で、何か問題でもあるのかとばかりに平然とそう答えた。
最初のコメントを投稿しよう!