Ⅵ 死者たちの輪舞

6/9
前へ
/47ページ
次へ
「………………エヴリーデ…」  一方、そのオルペは先刻来隠れていた木の幹の前で、冥府へ連れ戻されたはずの今は亡き恋人と対峙していた。  だが、あの洞窟の出口で見た腐敗した遺体の姿ではなく、生前と何も変わらぬ、彼がよく知る美しい恋人の姿である。 「……いや、嘘だ。そんなはずがない……君はあの時、再び冥府へ連れ戻されて……」  今、確かに目の前にいる彼女の姿と過去に見た情景の記憶の狭間で、オルペはどちらが現実なのかわからず、ただでさえおかしくなりそうな頭をさらに混乱させる。 「ええ。そうよ。わたしは今も冥府の住人……でも、もう一度あなたに会いたくて、ハーデス様に頼んで現世へ来させてもらったの」  そんなオルペに対し、可愛らしい満面の笑みを浮かべたエヴリーデは、やはり変わらぬ生き生きした声でそう語りかける。 「……あの時、僕は君を突き放した……そんな僕を、君は恨んでいないのか?」  ひどく戸惑いながらも、オルペは恐る恐る、声を振り絞る様にして彼女に尋ねる。 「恨む? 恨むなんてとんでもない。今でもわたしはあなたを愛してるわ」  対してエヴリーデは笑みを湛えたまま、彼の不安を払拭するように首を横に振ってみせた。 「そ、それじゃあ、君はこんな身勝手な僕を、許して、受け入れてくれるというのか?」 「ええ、もちろんよ。でも、そのために冥府へ連れ戻され、あなたとはまた離れ離れになってしまった……あなたに会えないなんて、わたしもう堪えられない! だから、わたしと一緒に冥府へ戻りましょう? あなたとわたし、もう誰にも邪魔されることなく、いつまでも冥府で幸せに暮らすのよ!」  少しほっとしたような顔になり、もう一度、改めて尋ねるオルペに向けて、彼女はやけにうれしそうな声色でそう続ける。 「冥府で? ……でも、それってつまり、僕も死ぬってことなんじゃ……」 「ええ、そうよ。わたしが現世に戻れないなら、あなたが冥府へ来ればいいのよ! 今までどうして思いつかなかったのかしら? とっても素敵な考えでしょ?」  当然、その疑問に思い至るオルペだったが、エヴリーデは相変わらずの無邪気な笑顔で、何か問題でもあるのかとばかりに平然とそう答えた。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加