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……なんだ。もう心配することなんかない……たとえ苦しみの迷路に囚われたままであっても、恋人とともにその迷路を歩む彼はきっと幸せなのだろう。
その心からの穏やかな微笑みに、メデイアも薄布のベールの下でその涼やかな目元を優しく緩めた。
そして、自分もハーソンの傍らをともに歩みながら、この気持ちが本当に〝愛〟と呼ばれるものなのかどうかを確かめてゆきたいと密かに思うのだった。
「ま、その生き方はともかくとして、現実問題どうするつもりだ? もうイカれた司祭や狂った娘っ子達から追われることもないし、自分の国に帰るのか? どうやらトラシア大公の息子…ああいや、御子息様であらせられるようでございますしな」
しんみりとした沈黙が訪れた後、今度はアウグストが口火を切ると、途中、彼の出自を思い出して不意に畏まりながらそう尋ねる。
「いや、よしてください。もう僕は大公家の人間なんかじゃありません。か勘当の身同然なので、家はもちろん国へも帰れません。といって、僕にできることといったらこれしかないんで、また吟遊詩人でもしながら旅して廻りますかね……」
その質問にオルペはふるふると首を横に振ると、弓になった竪琴を抱え、弾く真似をしてみせながらそう答えた。
「先程も今と違う状況で同じようなことを尋ねたが、君がもし望むのであれば我ら羊角騎士団のもとへ来てはみないか? 匿うのではなく団員としてだ。ちょうど楽師が一人欲しいと思っていたところでな。それに弓兵も大勢いて損はないし……」
それを聞くとハーソンは、先刻、店の中で訊いたのと似て非なる誘いの言葉を彼に投げかけ、ちょっとブラックだが、額に矢の刺さった司祭の遺体をちらと見やる。
「おお! それは妙案ですな。彼の竪琴があれば〝新天地〟への長い船旅も退屈せずにすみそうです」
「わたしも賛成です! オルペさんにはいろいろと教えていただきたいこともありますし(恋愛のこととか、恋愛のこととか、恋愛のこととか…)」
その提案にはアウグストとメデイアの二人も諸手を挙げて大賛成する。殊にメデイアなどその下心から、〝邪眼〟と見紛うばかりに眼力強くオルペに訴えかけている。
「……そうですね。皆さんにはいろいろご迷惑をおかけしましたし、その恩返しがてら、引き続きご厄介にならせていただきますか……」
満場一致で三人から入団を請われたオルペは、特に喜ぶでも逆に嫌がるでもなかったが、なんとなく流れに身を任せる形でその申し出を改めて了承した。
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