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「では、この町にいるという情報はガセだったということでしょうか?」
同じく〝ラ・メーン〟の細いパスタをベールの下の口に運んでいたメデイアが、そんなハーソンの解釈を聞いて少し驚いたように尋ねた。
「ここまで噂が聞かれないということは、そうかもしれないな。あるいは、すでに近隣の町へ移動してしまった後かもしれない。我々もこれ以上、この町に長居することは得策でないようだ……」
だが、彼女の質問にハーソンがそう答えたその時。
「旦那方、俺ぁ、その吟遊詩人の話、聞いたことありやすぜえ」
店の隅にあるテーブルの方から、そんな男の声が不意に聞こえてきた。
そちらを三人が振り返ると、いかにもゲルマーニュ人っぽい大きな図体をした男が、ビールジョッキ片手にすっかりできあがった赤ら顔で腰掛けている。
「大工のディルクです。ここらじゃ有名な酒飲みで、ああしてほら、昼間から仕事さぼって飲んだくれてるんでさあ。しかもツケでね」
訝しげにその酔っ払いを見つめるハーソン達に、少々迷惑そうな顔をしながら店主が即座に説明をしてくれる。
「ほおう……その話、詳しく聞かせてくれ。礼に一杯奢ろう」
半信半疑ではあったものの、思わぬその情報にハーソンは目を細めると、チャリン…と音を響かせて一枚の銀貨を店主の方へ弾き渡す。
「おお! そんなつもりじゃなかったんだが、こいつはありがてえ。そうとなりゃあ、なんなりとお話しさせてもらいやすぜ!」
するとそのディルクという飲んだくれはますます気をよくして、千鳥足で近づいて来るとどこか自慢げに語り始める。
「もっと山際の町の外れの方に〝ホラ吹き男亭〟っていう飲み屋があるんすがね、そこに出入りしてる吟遊詩人が、その歌を聞いた者の魂を奪うって噂なんでさあ。俺も見たことはねえんですけどね」
「ホラ吹き男亭……〝笛吹き男〟をもじった店の名なんでしょうが……ガセネタとしか思えないネーミングですな」
だいぶ酔っ払っている大工ディルクの話に、アウグストは白い目を彼に向けて露骨に疑念を顕わにする。
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