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「――ここが、そのホラ吹き男亭ですな……」
先程の飲み屋を後にしたハーソン達は、その足で聖ボタニカテウス律院の歴史ある教会建築を横目に町を横断し、ベーダー川とは反対側にある山際の、話に聞いたその飲み屋の前までやって来ていた。
街中のものと別段変わりのない、白壁に木材の露出した当地の伝統的な建物の外観をしてはいるのだが、店の背後はすぐ森になっており、やはり町の外れだけあって淋しい印象を受ける場所だ。
「こんな所でも商売が成り立っているところを見ると、いわゆる隠れ家的名店というやつなのかもしれないな」
「あのう、もし本当に例の吟遊詩人がいた時に備え、念のため、こちらを身に着けておいてください」
馬の手綱を近くの木に縛りつけ、店の軒先に吊るされた〝笛吹き男〟の笛が法螺貝になっている絵看板を眺めているハーソンとアウグストに、メデイアは二枚の仔羊の革でできた小皿大の円盤を白いマントの下から差し出す。
「これは?」
「魂を奪われないための護符です。魔導書『ソロモン王の鍵』に載っている〝月の第四のペンタクル〟を作ってみました。邪悪な霊の力から肉体的・精神的に守ってくれる働きがあります」
受け取ると、その表面に描かれた幾何学模様を見つめながら尋ねるハーソンに、メデイアはどこか気恥ずかしそうな様子で恐る恐るそう答える。
もとは魔女であり、今は羊角騎士団の魔術を担当する役目に就いているメデイアだが、魔女術とは系統の異なる〝魔導書〟の魔術についてはまだまだ素人のため、目下、彼女は猛勉強中なのだ。、
魔導書――それは、この世の神羅万象に宿る悪魔(※精霊)を召喚し、使役することで様々な事象を自らの思い通りに操るための方法が書かれた魔術の書である。
そんな代物を万人が自由に用いることは既存の権力や支配体制を揺るがしかねないため、プロフェシア教会やその影響下にある国々では無許可での所持・使用を硬く禁じた〝禁書〟とされていたが、反面、その許可があればお咎めなく存分に利用することができた。
つまり、その絶大な力を教会と各国の王権が独占しているわけである。
帝国の僕たる騎士団の団員であるメデイアも、無論、その利用を公式に認められている。これが本来の魔女として魔術を使うのならば悪魔崇拝者として火炙りにされる罪だといのに、なんとも矛盾に満ちた世の中である。
もっとも、そこは裏と表があるこの世の中、そんな一部の権力者が決めたルールなどさらさら守る気などなく、密かに無許可で魔導書を使っている輩もざらにいたりするのであるが……。
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