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「……正気か?」
「さあね。でも、試してみるしかないだろ」
礼吐くんは呆れたように僕を眇める。それでもそれを否定する言葉は出ては来なかった。
「わかった。弾も充分にあるし、ヘイトを俺に向けさせればいいんだな」
「ああ。こっちも色々準備は進めているんだ。後は充分な火力があればいいんだけど」
「火力ねえ。こんな緊急事態でもなきゃ普通に犯罪行為なんだけど」
「緊急事態でなきゃ、こんな事する理由はないだろ。通報するなよ?」
しないさ、と礼吐くんは笑う。
「そういうことは弁えてるし、仁君のことは信用しているからな。必要なら幾らでも手を貸すよ。人道に反しない限りはね」
目の前で床を蹴る呪影の足音を聞いて、そちらに意識を向ける。しかし、僕は殺気を放つことはせず、あえて何もせずに相手に突っ込んだ。
「ふっ!」
右腕を突き込む。ぞぶりとめり込んだ感覚と同時に、強い酸に手を浸したような痛みが走る。
それを無視して腕を引き抜き、もう一度右腕で殴り上げる。
それが鬱陶しいのか、呪影は真横から僕の体躯を打ち抜いて吹き飛ばす。いくつもの商品棚が並んでいるが、その内の一つに叩きつけられて一瞬だけ絶息する。
「けほっ……」
明滅する視界の中で、呪影の塊は礼吐くんの乱射を受けていた。
これでいい、となんとなく思う。あんなものに直に触れ合うものじゃない。それだけを考えていて、それでも身体は止まらない。びりびりと体躯を内から無数の針でつつかれるような不快感に沈みながらも、僕は刀を振るいだす。
「ぜあっ!」
右へ振るった刃が呪影の脚を断ち落とす。痛みを感じることは無いはずだけれど、それでもそれは僕を反対側の脚で弾き飛ばした。
ばしゅう、と一際強い射撃音が響く。その音に圧されるように呪影は少しだけ後退った。
礼吐くんの持っている弾が尽きる前に事を済ませなければ意味が無い。それだけを意識の奥に持って、再び攻撃を仕掛ける。
「……は、はっ、はっ」
どれだけの時間が経ったか、僕は全身を鈍く侵蝕する痛みに耐えながら、辛うじて意識を繋ぎ止めていた。
「これで、準備が……ととのっ、」
途切れていく意識を制御しながら、身体の奥から湧き上がる黒い衝動に注意を向ける。茫洋たる意識は空間全体を把握していた。
同時に「ごきんっ」と強く重い音が響く。その音を合図に、湧き上がる力を一気に解放した。
視界が、強く輝く白に喰われていく。渦を巻いた風が広いマーケット空間を吹き荒れる。その瞬間、天井に穿たれたガラスが砕け散り、大きな音を立てて降ってきたが、その破片さえも風は巻き込んで弾き飛ばし撹拌する。
「はあああああああああああああああああっ!」
肺の中の空気すら使い果たして、風を収めきった時に、礼吐くんが僕を抱えて大きく移動する。
外の霧に覆われた空間のように靄のかかっている空間を横切って、一気に入口まで戻ってくる。
どしゃ、と僕を床に放り出して、礼吐くんはポケットの中の火薬玉を取り出して導火線に火を点ける。
それをマーケットブロックの中央を狙って放り投げた。
さっきの暴風で自動ドアの強化ガラスも全て割れてしまっているので、開いていようが閉まっていようが関係ない。数秒後に起きた爆発を、二人で同時に受けるだけだった。
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