三節「白い風」

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「…………あれ」  ずきずきと痛む頭の感覚が鮮明になって、意識を取り戻すと。 「仁くん、大丈夫?」  真っ先に目に入ったのは、碧い髪の少女だった。いや、少女じゃないけど。  ニアータが心配そうに僕を覗き込んでいる。  さっきの爆発からどれくらい経ったのかは判らないけれど、少なくとも呪影の気配、不快感は既に消え失せていた。 「仁くん」 「ああ、大丈夫……眠いだけ」 「全く、大規模な粉塵爆発であの化け物を吹き飛ばすっていう発想は俺には無かったな」  すぐ隣に座っている礼吐くんは、然程ダメージを受けてはいないようだった。しかしそれでも体中に刻まれた傷は消せるものではない。 「まあ、二番煎じな技だけどね。昔先生がやってたのを見て、真似しただけのことさ」 「行村さんが? この規模でやってたわけじゃないだろう?」 「まあね。半径三百メーターは吹き飛ばしてたかな」 「予想を上回ってくるなよ……」  そんなことをすればそれは粉塵爆発のレベルじゃない、と辟易した様子で溜息を吐く。そんなことを僕に言われても困るだけだが。  伸びをして立ち上がった。傷は治っていないけれど、今更引き返す理由もないし、街にかかる霧を払わなければ、日常は戻ってこない。  非日常が続くなどまっぴら御免でも、仕方なしに生まれた状況を否定することなど出来やしない。 「行こうか。そろそろ本気を出さないと死にそうだ」 「本気じゃなかったって?」 「まあね。さっきの戦闘は少しだけセーブしてた。たぶん、これから向かう先に何かとんでもないものが居るはずだから」  ニアータが不思議そうに首を傾げる。 「とんでもないもの? それ、さっき恋呼菜ちゃんも言ってたよ」 「あいつは僕の思考を正確に読み切ってくるからな……大方深くは考えてないぞ」  発言の傾向を知られているだけに過ぎない。それを的確に読み切る辺りは、流石に「糸識」の血筋だという他ないけれど。  ぐーぱーしている右手で服の埃を払って、外に向かう。 「藍樹と糸識さんは、ここで待機させたいな。正直この状況だと足手纏いにしかならない」  うーん、とニアータが唸る。 「まあ、そう判断するしかないか。でもなー」 「放っておく訳じゃないけどさ」  藍樹と糸識さんはここには居ない。ニアータが爆発音を聞いて向かってくるその時点では眠っていたらしいが、今はどうなのかがよく判らない。その判断の責任を彼女に求めるのは違うだろうし、そんなことをする気もない。 「もうここに呪影は無いけれど、これから発生しないとも限らない。僕は詳しいことが解らないけれど」 「確かに、呪影については解らないことは多いけどね……」  それを操る術を持った存在が居るのなら、これ以上彼らを関わらせない方が良いというだけの判断だった。 「霧の中で連携して動けるほど、僕はチーム戦術を学んではいない。ここから先は外れモノの領域だし、そんなもんをあの二人に要求したくはないんだよな」 「随分と淋しいことを言ってくれるね。哀しいよ」  ドアの近くの壁に藍樹が凭りかかって無感情に声を上げる。色のない声に惑っていると、その奥から糸識さんもひょいと顔を出した。 「そんなことを言うと思ってたよ? にーくんって結構リアリストだもんね」  表情も声色も緩く笑っている。ただ、その奥に覗く光の色が微かに透けて見えている。  どこか、苛立っているような。 「ぎゅー!」  抱きつかれた。誤魔化されたのだろうか。 「……案外大きいな」 「どこに着目してるの」 「見えてないけどね」 「へりくつ。まあ、にーくんはそういう人だからいいんだけどね」  そういうお前は強情だよなあ、と言おうとしても。 「いいじゃん、それで」  読まれているし開き直られた。とりあえず引き剥がして話を進める。 「付いてきたいのなら止めはしないけれど。それに対して僕は責任持てないんだよなあ」  なんだって自己責任だろ、と藍樹は外連もなく口にする。その割り切り具合がズレている気がしたが、気にしないことにした。 「わかったよ、皆で行こう。どうせ止めたって聞かないんだろう?」 「それはお前だろ、仁ほど頑固な奴はいないぞ」  うっせ、と背を向けてモールの出口を抜けた。相も変わらず真白い世界で、夏なのに凍えそうに冷たい空気に背筋が縮み上がる。  その場で軽くジャンプして、冷えないようにしながら身体のリズムを整えた。
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