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◇
「天闢・双輝龍刃昇!」
涼の周囲に黄色と紫の光が渦を巻いて伸び上がり、辺りに群がる呪影にめり込んでいく。しかしその攻撃は、霊力を無効化するそれ自体には全く効果がなかった。
「ふ、はっ。なんなんだよ、これ。ニアさんに聞いていた以上じゃないか、もー!」
苛立つ精神に揺られて、薙刀を覆う光がびりりと震える。いくら倒してもキリなく再生する化け物に、涼は数十分戦い続けていたけれど、いい加減に体力の底が見え始めていた。
「眠くなってきたなあ。兄ちゃんも居ないし。どこに行けばいいのかなあ?」
囲まれる前に逃げ出して、深い霧に覆われて周囲も判らない街の中で蹲る。自分がどこに居るのか、どうして誰も居ないのか、何故自分は戦っているのか。
全ての全てが意味不明で、混乱しながら白い世界を切り抜けていた。
時計を見る。涼は携帯端末を持っていないので、左手首に巻いている腕時計で確かめていた。
「夕方なんだけど、太陽が見えないんじゃ実感ないよね」
ぶるりと震える。冷たい綿の中に押し込められているような不快感が頭を覆っていた。
「んあ……」
その脳髄に沁みる嫌悪感の奥底に、何かが見えた気がした。
傾いだ感覚に揺れる精神を、頭を振って戻していると、遠くから籠もった足音が聞こえてくる。それが誰のものなのかを探るまでもなく、その人は涼に声をかけてきた。
「よう。息災か? 涼。仁とは合流してはいないようだな」
「お母さん……この状況がなんなのか知ってるの?」
白羽海奈。仁と涼の母親であるその女性は、ぶっきらぼうな口調を普段と違いなく紡いでいる。
「たりめーだ、この程度の結界は何度も解除してきた。そうでなきゃ、柳廉OGは名乗れねえよ」
このどこか不遜な喋り方は、しっかりと仁に遺伝している。
そんなことを考えている間もなく、へたり込んだ涼は力なく笑った。
「とはいえ、今回呪影を持ち出してくるとは思わなかった。クローズドガーデンが緊急事態宣言をする辺りは、流石だな」
「…………?」
言っている意味が理解できず、涼は眉をひそめた。『ガーデン』の記憶自体が涼にとっては曖昧で、はっきりとは判らないけれど。それでも海奈の口からそんな単語が出てきたことに意外性はなかった。
「渦状結界。発動すると解除は難しいが―――ほら、立ちな」
海奈は涼の腕を引いて、器用に立たせる。相手の動きを支配する合気術の応用だったけれど、しかしこんな技術をいつ身につけたのか。
「兄ちゃんの場所は判るの?」
「いや。この結界で端末が使えないからな。モニターできんよ、残念ながら」
端末を持っていない涼にはよく解らない。
「だが、途中で死にさえしなければ戻ってくるだろう。シーカには全部見抜かれているだろうが、まああいつは要らんことは言わないからな」
シーカという名前には覚えはないけれど、誰を指しているのかはなんとなく想像できていた。涼に言わせれば、そういうところが仁とよく似ていると感じさせる思考ルーティンなわけで。
気付けばくすくすと笑っていた。
「どうした、何か可笑しなこと言ったか?」
「んーん。やっぱりお母さんだなって思っただけ」
不思議そうにしている海奈は、それでも足を止めずに進んでいく。
どこに向かっているのかはすぐに判った。
「家に戻ってきたの?」
「そう思うか? 目を凝らしてみな」
何を言っているのか。よく解らないけれど、言われるままに目の前の空間を見てみると、薄く奥にある景色がフェイドインしてくる。
うん?
首を傾げた涼には構わず、海奈は地面に空いた孔に飛び込んでいく。それを見て、涼は驚いたのだろうが表情に変化がない。
地面を穿って伸びているウォータースライダーのようなチューブに飛び込むのは気が引けるのだけれど、しかし先を行ってしまった海奈に余計な手間を取らせるのがそれ以上に恐いことだったので、思い切って地面に吸い込まれるように消えていく。
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