三節「白い風」

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…… 「本当に人が居ないんだな」  礼吐くんが驚いたように漏らすけれど、そんなことに不思議がっているより霧の出所を探って欲しいところだった。  さっきから真っ白な空間を進むばかりでランドマークも見つけられない。視界が利かないのは戦闘においては危険な状態ではあるものの、自然なものなら霧が晴れるのを待つだろう。  けれど今回のこれは、おそらく人為的なものだ。街全体を標的にした大規模な実験。おそらくというだけの推測でしかないが、大きく外しているわけでもないはずだ。 「街の中心部でこれを展開しているようでもないな。何をしたいのかもよう判らんし」 「僕達は呪術に詳しいわけでもないからな。こういうのは、本当は母さんの領分だしさあ」  母親の経験値が僕らとは段違いだとは知っていた。それでも僕が無条件に頼ることが出来ないのは、どういう理由からなのだろう。嫌いだからでは、絶対にないんだけど。 「今何をしてるんだ? この状況で動いていないわけがないと思うけれど、俺達には干渉しないスタンスだっけ?」 「どうだろう。僕達に限らず、誰かの命が危ないなら積極的に関わってくるはずだけど」  ふうん、と礼吐くんはあまり関心はなさそうだった。 「仁くん、君のお母さんってそんなに凄いの?」  ニアータが不思議そうに尋ねてくる。その様子だと、白羽海奈という存在を知らないらしい。そもそもが裏世界で名を馳せる人物であれば、あまり接点がないのだろう。 「ルーメアと繋がりがあるなら、知っていてもおかしくはないんだけどね。なんか、学長の古い友人だって言ってたし」 「んー……学長とは会ったことないもの。仁くんは直接スカウトされたって言ってたけど、どういう人だった?」  どういう人、か。なんというか比喩がしにくい感想を抱いたような気がしたから、どう言っていいのかわからない。 「普通なら『変な人』と言うべきなんだろうけれど。それだけじゃあ表現しきれないな。母さんに似ているとは思ったけど」  色んなものを抱え込みすぎて、内面がごちゃごちゃなイメージ。だからこそ、一言で言い表せないのだから、そういう印象も間違ってはいないのだろう。 「ま、いっか。このまま進めれば、行き逢うだろうし。その時に話したいな」  気楽そうなニアータの口調に、なんとなく緊張がほぐれた気がした。  しかし同時に、右手が刀の柄に伸びていた。どこか遠くから殺気を感じていたからだ。この霧の中で「見られている」と感じさせるおかしさは、それでも思考からは排除されている。 「こっちか」 「どうしたの?」  走り出した僕にニアータと礼吐くんがついてくる。 「誰かに見られている。この視界でどうやっているのかは知らないけど、正直不快な感覚だ」 「方向は判るか?」  そうだな、と認識を尖らせる。全身を包むだけだった不快感の出所を探ると、朧に赤色の光の筋になって方向を示してくる。  それに沿って指を差すと、礼吐くんはその方向にビー玉を一個撃ち出した。黄色い光の弾道が消えるのを確認してから、その視線が少しだけ動いたのを確かめる。 「牽制にはなったみたいだな。気配は消えていないから、当たってはいないみたいだけど」 「そうか。まあ、こんな事で斃せるなら苦労はないが」  そう言った瞬間、前方で紅い光が瞬いた。それを捉える前に、先頭に立つ僕に向かって無数の炎が飛んでくる。 「ふっ!」  刀を抜いてその炎に刃を当てる。黄色の霊力を纏った居合抜きの一振りで三つほどの炎の塊を爆散させ、次に迫るそれを礼吐くんがビー玉で撃ち抜いた。  霊力に対しての耐性を持たないニアータはそれを避けるように退いていた。流石にこの数千年を生きてきただけある。 「それ、それっ!」 「まだだ!」  後方からの礼吐くんの射撃にサポートされながら、僕は刀を脇に構えて前進する。霧の奥から見える敵の姿を捉えた瞬間、右脚を踏み出し袈裟懸けに斬りつけた。  とは言っても本当に斬り捨てるわけでもなく、相手が生きている場合は霊力による攻撃に留めている。 「赤火・覇焔!」  赤い炎の爆発に相手は吹き飛んだ。地面に何回かバウンドしてからアスファルトの上を二メーターほど滑って動きを止める。 「う、うぅ」  相手が呻いたのと同時に刀を正眼に構え直す。相手からの反撃を警戒しての残心だったが、相手は起き上がって鴇色の眼でこちらを睨むと。 「うあああああ! 痛いよ馬鹿ーーーーー!」  泣き出した。 「な、なんだあ?」  後ろから歩いてきた礼吐くんが困惑している。  見ればその少女は空色の軍服に身を包んでいる。近くに国防軍の基地はそれこそ神戸周辺まで行かないと見当たらないが、こんな所で何をしているのか。  そもそも、彼女は軍所属なのかも怪しいのだけれど。 「ルルくん、抑えつけて」  いつの間にか泣きじゃくる少女の背後にいたぬいぐるみ、ルルことルーウィンルクスがニアータの指示で彼女を両腕でがっちりとホールドした。 「にゃあ! なにすんの!」 「お前が何してんだよ。やっと人に行き逢ったと思ったら術師なのか」  両腕を押さえられてわめくしかない少女に近づく。  蹴られた。 「痛ぅ……。この」  僕の右腕から糸が走る。その糸が彼女の脚に巻き付いてルルの体躯に固定された。もはや磔刑の図になってしまっている。 「絵面が物凄いな」  ぎゃあぎゃあと泣き叫ぶ少女の姿に礼吐くんは若干どころでなく引いていた。まあ、こんな景色は文化的とは呼べないし。
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