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外に出ると蒸した暑さが全身を包む。さらに空を見ればほとんど雲が無く、直射日光が刺すように照りつけてくるのが不快だった。猛暑というか酷暑だなあと考えていると、涼が僕の手首を取って走り出していた。
引かれるままについていくとしたら、どこかの寺にでも着くのだろうかと意味不明な思考を制御しながら、落ち着けと引っ張り返すと「むー、暑いんだもの」と不機嫌そうに眉をひそめていた。
じとりと纏わる湿気にべとつく肌を拭いながら、近くにあるコンビニに着いた。徒歩十分圏内とはいえ、十分も外に居たなら充分に体力を消耗していくのは明白だ。
建物に入っていくと、独特の冷えた空気が皮膚に伝ってくる。
「何がいいかなー」
涼が手を放して店内を回る。大きめの店舗と言ってもそれほど広くもないので見失ったりはないだろう。
僕も何か買おうかと見ていると、後ろから声を掛けられた。
「仁、何してるんだ? こんな所で」
聞き慣れた重低音(バス)に振り返れば、僕より少しだけ背の高い友人が意外そうに僕を見下ろしていた。
「藍樹こそ何してるんだ? 三日前に課題終わんねえとか騒いでたくせに」
「それを言うなよ。それなりに進めてるさ」
「お前のサボり癖は知ってるから、信用できないぞ」
サボり癖というか、正確には『バックレ癖』なんだけど。
「いつの話をしてるんだよ。もう直ってる」
「二年前の話をしているんだよ。そう簡単に人格を矯正できると思うな」
僕を見ろよ、と言ってみた。自分を例に挙げる時点で双方共に終わっているが、僕の抱える問題と藍樹の抱える問題は根本的に違う。しかしどこかで共通する部分もあるのだから、無関係とは言い切れない不思議さがある。
「お前、ある意味で凄えな」
「そうかな。普通だろ」
普通じゃねえよと返された。どういう意味だろうと考えたところで、他者の発言の真意をすべて読み取ることはできないと諦める。
「ふぅ。まあいいさ、それも選択だからな。で? 仁はどうしてここに居るんだよ。市街地からは離れているだろ」
白羽家と斜向かいに住んでいるこいつが言えることなのかと訝りながらも、大した用事は無いと返した。
「涼が腹減ったって言うからさ。夕飯にはまだ早いだろ?」
「へえ」
その一瞬、藍樹の視線が僕の後方に向いた。それを探りきる前に、背中に衝撃がぶち当たってきた。回避する間がなく、辛うじてバランスを崩さないように踏み出すことで転倒を回避する。
「重くはないけど、苦しい」
「あ、ひどいなにーくん」
いきなり背中にタックルしてくる方とどちらが非道いか考えて欲しい。
笑いながら抱きついてくる少女、糸識さんを身体を揺すって振り落とした。
「うなー」
「……………………」
ぼて、と寿命の蝉のように落下する。それを一瞥して、苦笑しているその顔に心を傾がされて、怒る気もなくなった。両腕を掴んで引き起こすと、目を引くすみれ色の髪を揺らして笑う。
「何でここに居るの?」
「あはは。散歩中なだけだよ」
「糸識さんの家ってこの近くだっけ?」
「いや、川沿い」
「学校挟んだ向かい側じゃないか、どれくらい歩いたんだよ?」
往復で六キロかな、と平然と返されて最初に思ったのは、「暇人じゃないよ?」思考を先回りされた。こういうところが苛つくんだけれど、言わずとも伝わっているだろうしわざわざ口に出すこともない。
「暑いから、散歩したくなっただけだよ」
意味分からん。前後で文脈が繋がっていないはずだけれど、と思いながら藍樹の方を見ると彼も理解しがたそうに笑っていた。
「んふふ、辛い時は望んで辛いことをするべきなんだよ!」
マゾヒズムかな?
「なんか変なこと考えたでしょ」
「そんなことないよ」
どうせ全部見透かされているのだろうけれど、糸識さん自身の知識が及ばない範囲で考えれば、概念を言語化するのは難しいのだった。
「意地悪いなあ、にーくんは。そういうのに興味が無いって知ってるくせに」
「知識不足を人の所為にするなよ」
そもそも彼女の思考トレース能力は驚異的の一言に尽きるのだけれど、こんな能力をどう活かすのかが気になるところだった。
「兄ちゃん兄ちゃん」
いつの間にか涼が隣に立っていた。手に持ったカゴにはいくつかのスナック菓子が放り込まれている。
「兄ちゃんは買わないの?」
「ん? どうしようかな」
少しだけ迷ったけれど、要らないとは言わなかった。藍樹と糸識さんは二人で並んで雑誌コーナーの立ち読みを始めた。あの二人は学校で一緒に行動することが多いけれど、付き合っているわけではないらしい。単に気が合うから隣に居るだけと、さらりと言われた時には面食らったものだった。
それをして付き合っていると言うんじゃないのだろうか?
よく判らなかった。
商品棚を眺めながら何を買おうか迷っていると、屈んでいる僕の耳元で涼が囁いてくる。
「恋呼菜(ここな)さんって、結構色々な場所で遭うんだよね。普段からこの辺りまで来てるんじゃないかな」
「何のために?」
「……うーん。そこまではよく判らないよ」
まあ、そうだろうけど。普段から学業に関しては圧倒的な彼女に、今更特別な学習なんてのも必要ないのだろうが、だからといってふらふらと出歩くような真似をしているのは不自然としか言えない。
「いいじゃないか。本質的に僕には干渉できない考え方だし」
「兄ちゃんって、時々すごくドライだよね……」
そうなのかな。考えの及ばないことに口を出したって、余計な世話にしかならないだけのことなんだけど。
適当に菓子とか惣菜とかカゴに放り込んでレジに持っていく。支払いを終えて帰ろうとしていると、後ろに藍樹と糸識さんが並んでいた。手には漫画やら飲料やら持っていて、僕たちに合わせたのが解ってしまう。
それを解っていても、指摘するのが面倒だと感じてしまうのが、僕の弱さなのだろうか。
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