二節「黒い檻」

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 がどん、と黒鉄の扉を開くと、地の底から鳴り響く声が周囲を満たしている。怨嗟にも似た黒い呪詛と、それに付随する肉の腐った臭い。 「人体実験でもしていたのかしら、ひどいものね」 「全くだ。ここがどんな奴の場所であっても、いい気分にはならないな」  鉄格子の奥で声を上げたり蹲ったりしている人々が、僕に気付いて恨めしそうに見上げてくる。そんな目を向けられても僕には何もできないのだから、結果無視するしかないのだけど。  灯りも最小限のものに留められ、薄暗くクリーム色に照らされた空間は陰鬱そのものだった。床もただの土で固められていて、歩いていても足音が立たなかった。 「普通、ここまでの施設になると酸素が薄くなるんじゃないのかな」 「普通ならね。こんな大仰な施設が本当にあったのなら、だけど」  架空の空間にしては手が込みすぎているとは思うけれど、しかし呪術や魔術の規模などは術者によって違うから、不可能でない可能性も充分に存在しているのだ。 「どうしたものかな」 「どうもしないでしょ。こんな悪趣味な幻覚に付き合ってあげる必要はないわよ、馬鹿馬鹿しい」  惑う心も、無意味と断ずる心もどちらも同時に僕の内心で渦巻いている。それを言葉にして伝える存在は、確かに有り難いものだ。  奥へ奥へと進んでいくと、灯りはどんどんと弱くなっていく。ほとんど闇に落ちている空間へ踏み込んだ瞬間。  ごおおおんっ!  右側の格子に何かをぶつける音が響き、僕の鼓膜を麻痺させる勢いの衝撃波が発生したように感じた。  視線をそちらに向けると、大きな兎型のぬいぐるみが鉄格子を歪ませていた。継ぎ接ぎに全身を覆ったソレが縮んでいくのを見ていると、奥の方からターコイズブルーの視線が飛んできた。  付け根ごと砕かれた金属が地面に叩き付けられる。  こつ、こつ、と。土の地面にしてはやけに硬質な足音を鳴らし、ソレが近づいてくる。無機質な眼光が、しかし明確な意志を持って向けられてくる。 「仁君、あれはマズい」 「うん、僕もそう思うんだけど……」  離れなければ。どれだけ意識を強く念じても、脚は縛り付けられたように動かない。人間以上の存在はこれまでにも相手をしたことはあったけれど、ここまで戦意を握り潰してくるような存在には遭ったことがなかった。 「こんな所で何をしているの?」  か細い声が、日本語でそんな音に紡がれる。  癖のある深い碧色の長髪を揺らして、一定のペースで近づく。僕より小さいその少女に、完全に気圧されてしまい、返事をすることもできない。 「こんな所にわたしを閉じ込めて、それで縛り付けたつもり?」  言葉が僕にぶつかるたびに、圧死しそうになる。  幻覚だと判っているのに、圧倒的な殺意を向ける存在をリアル以上にリアルにする手法が解らない。こんなものを幻視させて何になるんだ。 「……は、知るかよ」  吐き出した言葉は僕の意志ではなかった。アミュレットの中のノエルの意思が、僕の声を無理矢理に出したに過ぎない。僕の身体が自分で操れないのではそうするのも理解できるけれど。 「僕には、あんたが誰なのかも解らないんだ。何を訊かれても、答えようがないよ」 「愚かなことを言うんだね。知っているくせに」  くそ、会話が成り立っているのか判りやしない。必死に右手を動かし、剣を抜こうとして。 「ルルくん」  相手が右手を振って、ぬいぐるみの名を呼ぶ。  認識した瞬間には、目前に巨大化したソレが迫っていて。  腹の底にまで響く轟音を鳴らし、僕の意識を呑み込んでいた。
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