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マエセツ
「おまえは、どういう風に存在していたいと考える?」
唐突に目の前の人が語りかけてきた。威圧するように殺気を撒き散らすはた迷惑な誰かが、その意識を僕だけに向けていること自体が、既に恐怖を煽る異常事態な上。
それに対する答えを持っているかどうか、僕自身にはわからなかった。
「世界は厳しいようで甘いからなあ。確かに何も目的を持たずとも生きていくことだけは簡単にできる。だが、それだけの人生に何の意味があるんだろうなあ?」
目の前にある心底不思議にしか思えない異様な存在が、どうして僕に会いたいと思ったのか。それがひどく曖昧になっている以上、そんなことを口にする権利など、この人にはありはしないと思うけれど。
それを口に出せば、殴るか蹴るかされるだろうから、黙っている。
目の前に置かれたカフェオレのグラスを手に取って、一口啜りながら考えた。それは、今目の前でにやついている人の問いかけなんかより、もっと大切な。
「何もしないで世界を終わらせるような奴が、安穏と生きていられる世界が、どうしようもなく狂っているのは仕方ないけれど。しかしどうして、人々はそんないかれた世界を正そうとも思わないんだろうな」
世界は間違っている。
正しさなんてない。
そんなことを言っても、結局のところ詮無いだけの話だろう。
誰かが正しいのなら、他の誰かが間違っている、それだけのことで。誰かが得をすれば、その分誰かが割を食う。エネルギー量保存の法則。
単に僕にできることがない故に考える意味が無いとスルーしていただけだけれど、それを見過ごすことのできないこの人は夢のような価値観と霧のような理想を謳うことに抵抗が無いだけのことで、それは、僕とは決定的に相容れない。
面と向かって嫌いだとは言えないのは、弱いからだろうか。
「理想なんて謳って当たり前だが、おまえはその理想すらも持たないってことか? あーあ、やだねえ。たかだか十五年で達観した気になりやがって」
遠慮の無い言い方には嫌悪は無い。棘があれど、いつもこの人が発する言葉には納得させられるものがあるのだから。
「世捨て人気取ってんじゃあねえよ、少年。おまえにはまだ、未来っつう地獄が数十年にわたって拡がってんだぜ? しょうもねえ厭世観なんざ捨てちまえよ。人生に未経験の多いガキにゃあ過ぎた思想さ」
どうだろう。人生に絶望するのに、十五年は短すぎると言いたいようだけれど。しかし僕には、これ以上世界に望むことなんかありはしない。日々を惰性で生きて、当たり障りなくすり抜けて生きていけるなら僕は世界なんかどうだっていい。
その曲がりくねった獣道こそが、僕の眺める世界なんだから。
「おまえはそこいらの奴のように愚鈍だとは思わないんだがなあ。しかし世界に牙を剥くには欲望があまりにも足りなすぎる」
相手はゆっくりと腕を伸ばして、僕の顔を少しだけ上向かせる。視線が動き、その人と正面から見つめ合う形になった。
しかし、その顔はぼやけていて、見ることができない。
射抜くように視線を向けていることだけは理解できたけれど、それ以上のことがまるで曖昧だ。
「考えろ。自分の価値を不用意に落とすな」
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