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【黒色のガーターベルト】
自分から、商品企画の提案が出来た事と、雅さんの部屋に行ける約束とで、舞い上がってしまっていたのかもしれない・・・・・・・・
雅さんの部屋を訪ねる日は、まだ決まってないけれど、手土産の下見のつもりでデパートに立ち寄った。
夕方の、混雑するデパ地下で、人をかき分けながら洋菓子メーカーの手土産を選んでみるけれど、決められない。
大事だと思えば思うほど、選べなくなるのは子供の頃からの悪い癖。
あの、何もかも素敵な女性の、雅さんに、渡すのだから・・・
洋菓子よりも、もっと気の利いた小さなプレゼントを選びたくなって、登りのエスカレーターに立った。
ファッション小物を下見しながら、徐々に上の階に移動していた私の目が、とある場所で、釘付けになった。
それは手土産とは無関係の、下着売り場の、新作ランジェリーのマネキンだった。
吸い寄せられるように、歩み寄る。
マネキンの白い肌のボディに、黒のブラジャーと、ショーツと、ガーターベルトのコーディネイト。
それが、なんとも言えない高級感と、魅惑的な雰囲気を醸し出していたのだ。
単なる、「黒のセクシーな下着」というレベルを超えるほど、とても手の込んだデザイン。
ブラジャーは、黒のベースに、カップの部分だけ、ベースのベージュに黒のチュールレースを重ねて、繊細な影絵のモチーフを浮かび上がらせている。
お揃いのショーツも、前の部分が二枚重ねになっていて、やはりベージュのベースに黒のチュールレースで、ブラジャーとお揃いの柄が浮かび上がっている。
ガーターベルトの、わずかな三角形の部分に同じ二枚重ねのモチーフが左右対称で施されていて、小さいサテンリボンを配したベルトの留め具が美しさを通り超して、艶めかしさを感じさせる。
ガーターベルトを、こんなに間近で見るのは、私にとっては初めての事だ。
今まで、こんなランジェリーとは無縁だった私の心が、魅了され、ときめいてさえいた。
なんてセクシーで、綺麗なの・・・・・・・・・
黒の下着というと、水商売の女性が身につけるイメージがあったけれど、このランジェリーには、気品さえ感じられた。
こんな下着は、洗練された大人の女性にこそ、ふさわしい。
「素敵でしょう?新作です」
にこにこと、愛想の良い女性店員が話しかけてきた。
薄いメイクで、どちらかというと垢抜けない感じが、失礼ながら、私には安堵感を与える。
「本当に、綺麗ですね・・・」
「このチュールレースと、細かいフリル、すごく手が込んでいるんですよ。わかります?触ってみて下さい」
そう言われて、手を差しだそうとした私の目線の端に、エスカレーターから降りてきた雅さんが飛び込んだ。
え????
雅さんの後ろから、デパート担当の佐々木君が続いて降りてくるのも、見えた。
とっさに、自分でも驚くほどの素早さで、通路を隔てた靴売り場の棚の影に身を隠して、しゃがみ込んでいた。
女性店員が、不審に思うだろうなどと、考える余裕も無かった。
驚きで、心臓が、口から飛び出そうだった。
どうしてこんなところに?
ううん、それは私の方だ。
こんな恥ずかしいところを見られた?
佐々木君にも?
噂を広められたらどうしよう・・・・・・・・・
通路を、ピンヒールの綺麗なラインを描いた足が、カツカツと音を立てて近づいてきた。
歩みが止まる。
顔を上げて見上げると、雅さんが私を覗き込むようにして見ている。
急いで立ち上がり、
「あ・・・・あの・・・」
言い訳しようとしたけれど、すぐに言葉は出てこないくらい、頭が真っ白になっていた。
「どうして隠れるの?あ・・・佐々木君、気付いてないわよ。すぐに下りに乗って帰ったから、大丈夫。今日は、上の時計売り場で、クリスマスフェアの打ち合わせに来てたのよ。奇遇ね」
雅さんが、マネキンを振り向いて見た。
「綺麗ね。あれを見ていたんでしょう?」
「は・・・・・・・・・・はい。」
私は、教師に叱られる子供のような気持ちで、うなだれていた。
「ね、試着してみない?」
「え・・・・駄目です。私なんか、似合わないに決まってますから!」
あわててそう答えてしまって、はっと手で口を押さえた。
「駄目でしょ、『私なんて』は、禁句。さ、行くわよ」
雅さんは、そのまま私の手を取り、軽々と通路を横切ると、
「これ、試着出来ますか?」
と、まるでかけ算九九を言うみたいにすらすらと、私にはとても言えない言葉を口にした。
私は、まだ胸の動悸もおさまらず、思考回路もほぼ停止している状態なので、無抵抗のままサイズを測られ、気付けば試着室に連れて行かれていた。
「はい」
手渡された、ブラジャーとガーターベルトの神々しいほどの美しさに、私は、思い切って試着室のカーテンを閉めた。
服を脱ぎ、上下セットで1980円のブラジャーを外す。
手持ちの下着にも、レースを配したものはあるけれど、色合いや手触りが、別物だ。
まずは、ブラジャーをつけてみる。
肌に吸い付くようなフィット感。
ワイヤーも、レースも、全然痛くない。
自分の姿を鏡を見るのは、少し勇気が必要だったけれど、目に入った自分の肌の上の高級ランジェリーに、心をすっかり奪われてしまっていた。
素敵・・・・でも、ガーターベルトって、どうやってつけるの?
試着室の外で、何かやり取りをしている声が、聞こえたような気がした。
少し、ぼんやりとしていたかもしれない。
「入るわね」
そう雅さんの声がして、するっと黒のスーツ姿の雅さんが入ってきて、私は飛び上がるところだった。
あわてて、脱ぎ捨てた服で、体を隠そうとすると、その手を雅さんが押さえた。
雅さんが、半裸の私の体を見つめる。
目を反らそうとしたけれど、視線を合わせた、雅さんの、その黒い瞳の深淵に、吸い込まれてしまいそうで反らせない・・・・・・。
互いの視線を絡めながら、
「少し、前に、かがんで」
雅さんは、落ち着いた、外に聞こえるような声で言うと
「素敵よ」
と、耳元でささやいた。
その声が耳をくすぐり、背筋から、弱い電流が駆け上る。
言われたとおり、少し前屈みになると、雅さんのほっそらとした白い手が、ブラジャーのストラップを調節する。
そして、素早い手つきで、私の胸を脇からすくい上げるようにしてカップに収めた。
少し冷たい手の感触と、見事な『白い谷間』に、思わず、あっ・・と、声が出そうになってしまった。
自分の体なのに、今まで見た事も無いほど、綺麗なバストラインを描いているのがわかる。
「雅さんは、マジシャン?」
と、聞こうとした声は、キスでふさがれた。
雅さんの呼吸が荒い。
その呼吸に呼応するように、私の呼吸も乱れていく。
雅さんのひんやりとした指が、私の肌を滑っていく感触に、声が漏れそうになる。
ミントの香りがした・・・・・・・・
ついさっきまで、上の時計売り場で、商談のサポートをしていた「残り香」。
プレゼンを終えたばかりの雅さんからは、いつも香水とミントの香りがする事、私は、気付いてた。
きっと、商談も上手くいったのね・・・行くわよね、雅さんだもの・・
そんな事でも考えてないと、どうにかなってしまいそうだった。
雅さんは、軽い音を立てた後、ゆっくりと唇を離した。
真っ直ぐに私を見つめる目の奥には、まだ情熱の炎が宿っているようで、ぞくっとする。
だけど次の瞬間、
「つい・・・・ごめんなさいね」
と言いながら、鞄から取り出したポーチで、私の唇の周りを軽くメイク直ししてくれる冷静な行動。
雅さんて、単純明快な私と違って、本当に、底知れない気がした。
「口紅の色を変えたの?」
自分の顔をコンパクトで見ながら、雅さんが尋ねた。
「はい」
私は、キスの余韻と気付いて貰えた嬉しさで、顔が紅潮していた。
「似合ってるわよ。」
「お世辞でも嬉しいです。」
「ん?私は、お世辞なんか言わないタイプ。本当よ」
ポーチを鞄に戻しながら、
「ごめんなさいね」
と、小声で、雅さんが言った。
「いえ・・・・」
雅さんの指が、私のネックレスの横の肌を、軽く抑えた。
「また、彼の声が、聞こえた気がしたわ・・・」
・・・・・・・・外せばよかったと思って、そう思ってしまった自分を恥じた。
雅さんは、カーテンから、首だけを出し
「すみません、試着用のストッキングありますか?」
と、外に声をかけた。
再びカーテンを閉じると、
「付け方を、教えてあげるわね」
と、言った。
「はい・・・・・・」
私は、小さな声で頷きながら答えた。
「まず、ウエストに、このベルトの部分をセット。留め具は、こう留めるの」
目の前で、ベルト部分の着脱方法を手早く見せてくれてから、私のウエストにベルトを着けた。
そして、素早く、私のパンティストッキングを、しゃがみながら、くるくると足下まで丸めて降ろした。
男性からも、そんな事をされたことの無い私は、恥ずかしさに思わず胸の前で両手を交差するようにして、自分で自分の体を抱きしめる。
跪いた雅さんが、私の足先からパンティストッキングを脱がせようとして、軽く、私の足首に触れた。
あわてた私は少しよろめいてしまい、姿見に背中を預ける姿勢で、片方づつ、ストッキングから足を抜いた。
雅さんの目の前に、素足を晒していると思うと、恥ずかしくて、しゃがみ込みたくなるのを必死に堪える。
恥ずかしさと、生まれて初めて経験からくる興奮が入り交じり、胸が激しく動悸打つ。
「この部分を、ショーツの下に通すの」
そう説明する雅さんの声は淡々としているけれど、呼吸で上下する肩の動きが、私と同じように、早い気がする。
こんな、目の前がぐらぐらするような体験は、生まれて初めてかもしれない・・・・・
ガーターベルト、三角形の下から伸びている細い紐の部分を、ショーツの下に通す雅さんの指が触れた部分から、軽い電流が脳まで駆け上がる。
目を閉じたいけれど、目が離せない・・・・・
私の足を、そっと、自分の跪いた膝の上にのせると、黒のストッキングを、くるくると巻き、手慣れた仕草で、私のつま先から上へと、ストッキングを伸ばしていく。
こんな、『お姫様扱い』を女性からされた事に、胸が熱くなるのを感じていた。
足先から、なで上げられるような手つきに、危うく出そうになった声をかみ殺す。
「先の金具の出ている部分をストッキングの裏側から当てて、表から、これで押さえるの」
「はい・・」
金具を留める、雅さんの細い指を握りしめたい衝動を、飲み込む。
「ほら、素敵。肌が、とても綺麗に見えるでしょう?」
鏡の方へと体の向きを変えられて、目の前に映る自分の姿に、くらくらと目眩を覚える。
平凡でどちらかというと自分に自信のない私が、こんな下着を身につける事になった事が、自分でも完全に受入れられないでいた。
ああ、でも、本当に素敵なランジェリー。
ふっくらと盛り上がったバストラインのせいか、ウエストもいつもより絞まって見えるし、何より、黒という色がこんなに肌を艶めかしく見せてくれるなんて知らなかった。
まるで、「ランジェリーの魔法」
その分、脱げないでいるショーツのみすぼらしさが際立って、恥ずかしさが増す。
「ね、こんな下着を身につけていると、心の中の女の部分からこみあげてくるものを感じない?・・わかるでしょ?」
鏡に映る、見た事も無い自分の下着姿と、その背後の雅さんの姿が、夢の事のように思えた。
「もし、宜しければ、お買い上げ下さいませ」
悪戯っぽく笑って、雅さんは、私の肩を軽く撫でて、するっとカーテンの向こうへと消えていった。
フィッティングルームに取り残された私は、しばし、身動きが出来なかった。
おそるおそる、値札へ目をやる。
心臓が、完全に止まるかと思った。
でも、その衝撃を上回る、強い欲望が自分を突き動かすのを感じていた。
きっと、私はこの下着を買ってしまうに違いない。
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