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ぴぴぴぴ・・・と鳴く小鳥の囀りも心浮きだつように聞こえる小春日和。
この日、松下村塾へとやって来ていた百姓の子藤太は塾頭である久坂の講義を終え次の講義が始まる僅かな休息の合間に、塾の前にある大木の下に座り込んで何やらこそこそと怪しげな行動をとっていた。
塾へとやって来る前に日頃から可愛がってくれている隣の家のおばあさんから団子を二串ばかり貰ってきていたのだ。
一つは藤太の大好きなあんこ味。
もう一つはこんがりと表面を炙られた香ばしい醤油味。
両方とも藤太の大好物である。
ここで何をこそこそしているのかと問われれば、理由は至って単純明快であった。
貰ってきた団子の数が限られている為に今塾に訪れている者たち全員におすそ分けが出来ない。
そうとあれば皆に知られないうちにこっそりと食べてしまおうということで今に至るのだ。
塾内からこちら眺め見て死角に映る裏側に素早く回りこんで腰を下ろす。
そうしたところでもう一度辺りを見回し、誰にも見られていないと確認してようやく懐から包みを取り出した。
「お団子っ、団子ぉっ~」
包みを縛っている紐を解いてみれば、そこからはもう藤太のひとりの世界に浸ってしまう。
最初はあんこから食べようか。
いやいやまずは香ばしい香りを漂わせている醤油味かと、さして団子に思い入れのない者からしてみれば他愛ない事で頭を悩ます。
しかし藤太にとってはとても重要な事で、先に醤油の方から食べてしまえば後に残された醤油で口の中が辛くなる。
お茶もないのでそれは非常に悩みどころだ。
かと言ってあんこから食べればこれもまたかなりの甘さで喉が渇く。
これはこれで幸せな辛さではあるのだが、出来れば丁度良く平等に最後まで美味しく頂きたいものだ。
ということで、団子に悩める松下村塾門下生藤太の見出した結論はというと
「それぞれ交互に食べたら平等じゃ!・・・・一口目はあんこで次は醤油ぅ~」
全く僕は頭が良いなと己を褒めつつ、開かれた包みの中身をうきうきとした気分で覗き見る。
そこには藤太の胸を高鳴らせるほどにこんもりとあんこを纏った団子が一串と、きつねいろに炙られ醤油の香りが食欲をそそる団子が一串。
二つの団子の間には両方の味が混ざらないように配慮され、この心遣いに藤太は帰りにでも花を摘んでおばあちゃんの元を訪れようと思った。
「それでは、ばあちゃん。ありがたくいただきまー・・・・・」
「何をしちょる?」
今まさにあんこの団子を口に頬張ろうとした瞬間。背後からひょっこり顔を出した山田に驚いて団子を掌から落としてしまった。
「!?」
「あ」
団子は見事に宙を舞い、あんこもろとも砂利の混じる地面の上へと落下した。
「ぼ、僕の・・・僕の・・・・僕の・・・・」
藤太は自身の身に起こった現実に目を疑い、何度も僕の僕のと連呼している。
それを見ていた、いやこの際団子を落とす羽目となった山田は藤太の足元に来て無残にもあんこと団子が離れ離れになってしまっているそれを腰を屈めて凝視する。
「ほう、そうか。おぬしこれをひとりで食べようとこんな所に隠れておったんじゃな?」
本人は認めたくはないだろうが、彼も藤太共々小さい組である。
しかしながらそれが原因でいつも藤太とは喧嘩ばかり。
元々気が合わなかったと言ってしまえばそれまでなのだが、一応自分より一つ年下で、まだ読み書きが覚束ない藤太の目付け役になるようにと久坂から頼まれているために急に姿を消してしまった藤太を心配しわざわざ探しに来たのだった。
「僕の団子が・・・・」
「ほうほう、確かにおぬしの団子じゃな」
「僕の団子が落ちた・・・・」
「落ちたな確かに。ほれ。見事にあんこと団子が分離しちょる」
「山田・・・・」
「なんじゃ」
「山田・・・・」
「だから、なんじゃ」
「おぬし僕のことが嫌いなのか?」
「・・・・・」
嫌いなのではないのだと言いたいところだが、元来素直ではない彼は少々意地っ張りな性格が災いしてしまう。
「いきなり何を言うかと思えば。団子ごときで泣きべそを掻くな。それでもこの先の長州を支えようと志す男児かえ」
ふんと鼻を鳴らして呆れた顔で藤太を見た。
藤太は黙り込んで自身が落とした団子を大事そうに掌に乗せ懐紙に包んで懐にしまう。そしておもむろに立ち上がると眼下にあった山田の頭をぺしっと勢い良く叩いた。
「いたぁ!何をするんじゃ、藤太ぁ!」
「やかましいわ!志も大事だが、何より食べ物を粗末にするが人間のすることか!おぬしに団子の気持ちなぞ分かってたまるかぁ!」
理解しがたい言葉に山田は戸惑いを隠せない。
見ると藤太も藤太で顔を真っ赤し目に涙をしこたま溜めて、自分の言っている事を理解しているのかも疑わしいばかりだ。
「団子の気持ち!?おぬしとうとうおつむがおかしくなったか」
「この団子はな。隣のばあちゃんが大事に育てた米で作ったんじゃぞ。美味しく食べてもらえるように。食べた後に笑顔が浮かぶようにな。それをこんな目に合わせおって貴様はとんだ罰当たりもんじゃ!」
百姓の身分である藤太にしてみれば当然の言い分である。
丹精篭めて育てた米から杵で搗いて餅を拵え団子を作り、藤太にこうして持たせてくれた。
おばあちゃんの家とて決して楽な暮らしではないのに、藤太が甘いものが大好きだと言う事を覚えていてくれ、塾へ行く前に声を掛けてくれたのだ。
そんなおばあちゃんの気持ちの表れである団子をこのような無残な姿にされて頭にくるのも頷ける。
今は百姓の身分である為刀は差していないが、もしもそれがあったらなら確実に抜刀していた事だろう。
「何じゃ、やるのか?」
山田の方はと言うと立派な武家の生まれである為帯刀は勿論、その剣術も確かな腕前である。その山田に向かって喧嘩を挑むとは端から勝負になりはしない。
「むむむぅうううっ」
だかしかし、藤太にはお得意の技があったのだということをこの時、山田は失念していた。
「喰らえ!」
──── ゴスっ!
その場に不釣合いな音が村塾周辺にこだまし、それに気づいた門下生たちがぞろぞろと集まってくる。
「どうした。何があったのだ」
その中でも塾頭を務める久坂が固まりの輪の中にやって来て現場を目の当たりにすると、深い溜息と共にひくつく米神を右手で押さえた。
「おうい、久坂。えらい音がしたが、何ぞあったのか」
「あぁ、高杉。これを見てくれ」
ひとり出遅れてやって来た高杉もそれを見るや否や、いつもの不貞腐れたような表情を歪め涙まで流して笑い転げた。
「こりゃあ愉快じゃ!藤太が頭突きで市ぃを返り討ちにしたと!惜しい事をした。俺もその場に居合わせておれば良かったのう」
「笑い事ではないわ。藤太の頭突きは大変な威力があるんじゃぞ。あれをまともに喰らえば額が割れる可能性もある」
「そんなに凄まじいのか?」
「そりゃあもう・・・」
「あやつ。本当に興味深いわ」
「そこなのか、お前が興味を示すのは」
「俺は愉快なことが好きなんじゃ」
「・・・・・・・」
そんなこんなで、藤太の団子からこんな事件を引き起こし、その原因を作った山田も喰らった頭突きで失神し大変な醜態を晒した。
そして目が覚めた後、額に大きなたんこぶを拵えて久坂の前で藤太と共にたっぷりのお説教を頂戴した。
日も傾きかけた松下村塾。
身も心も疲労困憊の山田は帰路の途中で、痛む額を押さえて夕日に叫ぶ山田の姿があったとか。
「僕は今後一切団子は喰わんぞーっ!」
おわり
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