告別式会場

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 熊子は昔からこの日本に生息する黒熊(くろぐま)だ。そこで暮らす日本人のことは多かれ少なかれわかっているつもりだ。もちろんその中につまらない派閥が存在することもよくわかっていた。それは熊の世界に例えると縄張り争いのようなものだ。だがお互い血みどろになって噛み合うことがない人間の方がまだ熊の世界より可愛いものだ。熊子はそう思っていた。  日本人が仕来たりにこだわるなら自分はそれに合わせるまでだ。熊子はそう気持ちを割り切ることにした。  熊子はとりあえず右側の遺族から頭を下げることにした。日本人と言うのは右側から物事を始めようとする傾向がある。熊子がでたらめなことを言っているわけではない。熊子にはそれを裏づける根拠がしっかりとあって言っているのだ。  それは熊子が民家を襲撃した時のことだった。そこに住んでいる人間は食事をしていた。その匂いに誘われた熊子は玄関の扉を蹴破って「がぉー!」と乱入した。そこにいた人間は驚きながらもお箸だけはしっかりと右手に握られていた。熊子はそんな人間をけちらして食事の横取りに成功した。それは熊子の大好きないのしし鍋だった。久しぶりのご馳走に興奮した熊子は夢中でいのしし鍋にがっついた。そんな熊子の背中を取るのは難しいことではなかった。いのしし鍋を取られた人間は右手に猟銃を構えた。そしてそれを熊子の背中を押すように突き付けた。熊子の動きは一瞬で止まってしまった。その感触を知っていた熊子は大人しく自分の両腕を挙げた。その右手には箸が握られていたことは言うまでもない。
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