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熊と遭遇
あまりの突然にジョニーは硬直した。それは解体ショウのインドマグロのようだった。
幸いにも小川の水を飲むのに夢中な熊はジョニーの存在に気づいていないようだ。しめしめと思ったジョニーは忍足でその場から去ろうとした。それはふろしきを頭に被った江戸時代のコソドロとしか言いようがなかった。
だがピクッと熊が止まってしまった。あまりの急にハッとしたジョニーはとっさに足を止めてやり過ごそうとした。
熊のボッコリした黒い鼻がピクピクと動き始めると視線を地面まで落としクンクンと匂いを嗅ぎ始めたのだ。
ここで走って逃げることもありなのかも知れないが熊が本気で走ると60キロは優に出せると言われている。学生時代の飛脚バイトで慣らしたジョニーと言えども恐らく立ちどころに追いつかれてしまうだろう、ましてや時給が発生しないのであれば尚更のことだ。
熊は匂いのありかをたどりながら少しづつジョニーとの距離を縮めて行った。少しでも目線を上げればジョニーは目前だ、そんなことはとうに気づいていたが…シナリオに沿うことを忘れずにいる熊だった。
そして熊のボッコリとした黒い鼻がとうとうジョニーの足元に辿り着いてしまった。熊の深い吐息がジョニーの足元へかかった。そしてゾウさんのような大きな体から発せられる熱はクリーニング店のボイラー室を連想させた。
熊は舐めるように…いや舐めながらジョニーの硬直した体を隅々まで見渡した。あまりの恐怖で気絶をすることすら出来ないジョニーはされるがままだった。
そして熊は「私はたった今、あなたの存在に気付きました。そしてとても驚いています」かのようなリアクションを取った。そしてキングコングのように自分の胸板を…いや用意してあったドラムセットでエイトビートを刻みだし、自分の大きな遠吠えと山から返って来るこだまがピッタリと重なるようにハモり出したのだ。ジョニーはただポカーンと口を開けるしかなかった。
そして一連の儀式を終えた熊の右手には思春期を彷彿とさせる尖ったナイフ、左手は純度100パーセントなニッケル合金製ステンレスフォーク、締めは膝に置かれたエレガントなナプキンが用意されていた。
※余談であるがジョニーはアラスカ出身だ、と言うことは熊から見ると国産ではなく外国産として捉えている可能性がある、と言うことは「たまには洋食もありよね。カロリーが気になるけど…」と思っていた可能性もあるのだ…
…そんなことは一旦置いておいて、ジョニーに危険が迫っていることには変わりがない。
ジョニー危うし…!
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