熊子とジョニー

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熊子とジョニー

      何度空を見上げても雨は雨だった。当てにならない天気予報が当たってしまった。 熊子は持っていた黒い傘を肩にあててゆっくりと顔を上げた。そして雲と雲の切れ目を見つけるとそれを注意深くなぞり始めた。「青空が見たい」と熊子のボッコリとした黒い鼻先が(ささや)いていた。青空と希望を重ね合わせていた熊子は必死だったのだろう。その証拠に雲の切れ目から少しでも光が差すとそれを青空だと決めつけようとしていた。それくらい熊子が必死だったと言うことだ。  大きな雨粒が傘を交わして熊子の額へ落ちていった。「冷たい」と今度は喉奥から声を上げた。額へ垂れ落ちた雨粒が熊子の唇を乗り越えて尖った牙にかかっていた。それを舌で拭い落とすとほのかな甘さが熊子の味覚となって残っていた。  しばらく歩くと熊子は足を止めた。通りの角に立っている電柱が目に入っていた。  〈ジョニーの告別式 夕方六時半より〉あと数分くらい雨にあたればこの貼り紙はボロ雑巾のようにふやけてしまうだろう。そしたら書かれた内容も絞り落ちていた。  熊子は熊だ。だからと言って字が読めないわけではなかった。だが今は読めない方がむしろ幸せだった。なにせ今から向かうのはその告別式なのだから。  「あんなに生き生きとして美味(おい)しいそうだったジョニー。それなのに突然逝ってしまうなんて」  熊子としては活きてるうちにジョニーを食べるつもりでいた。久しぶりの活き造りに胸を躍らせていたくらいだった。それが突然目の前でジョニーは逝ってしった。今の熊子にはそれがまったく理解出来ずにいた。  こんな気持ちがある限りこの目で確かめるしかない。真実と嘘は常に紙一重だ。そう自分に言い聞かせた熊子はもうこれ以上(とが)ることのない口先に力を込めた。
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